日本医療政策機構は、2015年4月22日、当機構理事であり、千葉大学法経学部総合政策学科教授の広井良典氏をゲストに迎え、今後の日本の医療を考えていく上で重要な切り口となる「医療の持続可能性の論点」をテーマに定例朝食会を開催いたしました。


「持続可能な医療」への視点

医療費の規模については2つの対立する見解がある。

ひとつ目は、医療分野は最大の「成長産業」であり、医療費の増加は雇用や国際競争力につながるプラスの意味を持つというもの。ふたつ目は、医療費ないし医療への支出は、他の分野と異なり「望ましからざる支出」であり、できる限り小さい規模であることが望ましい、という意見。この2つの意見には、それぞれ一理ある。そこで重要になるのが「持続可能性」という視点だ。医療費の規模というものは、単純に大きければよい、小さければよい、というものではなく、医療システム全体の費用対効果という視点も重要だ。


「持続可能な医療」をめぐる論点

持続可能性をめぐっては、医療費の規模、医療費の配分、医療技術革新と医療費、高齢化とコミュニティ、環境と医療の統合など、さまざまな論点がある。

・医療費の配分(1) 「医療のどの分野に資源を優先配分するか」
医療費の配分構造は大きく分けると、医療の「本体」部分と、「周辺」部分がある。今後は、研究開発、予防・健康増進、介護・福祉などこれまで「周辺」とされてきた領域へ資源配分を優先的に行うことで、「本体」である診断・治療分野への負担を減らし、医療全体の費用対効果を高めるという方向を目指すべきではないか。

しかし同時に、費用負担における公私の役割分担が論点になる。治療・診断分野に関わりの大きい領域は、公平性と効率性の観点から十分な公的な保証を行うべきであり、また市場の失敗も起こりやすいので注意が必要だ。なお、国民医療費の統計は、保険外負担や療養関連部分などが含まれていない点で大きな不備がある。この点から、国際比較は慎重であるべきだ。

・医療費の配分(2) 病院—診療所をめぐる配分
医療施設の収益率については病院や診療所間で、また病院間でも差があるが、それは報酬での評価とは必ずしも結びついていない。これには、診療報酬の原型ができたのが1958年であり、当時の医療提供体制が、診療所(開業医)モデルだったことや、「急性疾患モデル」が前提になっているという背景もある。

この点を踏まえても、日本の診療報酬は以下のような4つの構造的な問題を抱えている。
・「病院、とりわけ入院部門」の評価がうすい
・「高次医療」への評価がうすい
・「チーム医療」の評価という視点が弱い(患者に対する心理的・社会的サポートを含む)
・「医療の質」の評価という視点が弱い

今後は、高次機能病院への十分な評価及び配分の拡大、患者・市民という医療の受け手のニーズの積極的反映が必要ではないか。また医療費のパイを際限なく拡大できないなか、何らかの総枠規制のようなことも必要ではないかと考えている。


医療技術革新(イノベーション)と医療費

イノベーションは医療費の増加させるのか、むしろ減少につながるのか−この問いに対して、二つの異なる見解がある*。

・逆U字カーブ仮説:非技術(ケア的医療)で、医療費は低く、その中間の発展段階にある「途上技術」において医療費は高くなるが、それが「純粋技術」に至ると医療費は小さくなるというものである。
・効果逓減説:たとえば、感染症に対するワクチン等初期の技術革新は高い費用対効果を持つが、慢性疾患等についてはその医療技術革新の費用対効果は減少するというもの。

これら二つの見解の相違は、技術を捉えるシーズという「提供者の視点」とニーズという「患者の視点」の違いから来る。シーズの視点では、生命科学におけるオプティミスティックなブレークスルーへの期待と可能性のある話になるが、一方で、ニーズの視点からすると、現代の病では「医療モデル」の有効性が相対的に低下し、心理的・社会的要因が深く関係するという課題がある。従来の医療モデル—バイオメディカル−の枠で捉えることは難しくなってきているということになる。

近年、社会疫学や健康の社会的決定要因(SDH)の議論が活発になっているが、このような包括的なモデルが持続可能性を考える上では重要になる。
*:広井良典「持続可能な福祉社会」ちくま新書 2006等を参照


高齢化とコミュニティ−都市・地域

長野県は、2010年の国勢調査で男女ともに平均寿命全国一位、一人当たりの後期高齢者医療費は全国で下から4番目である。高齢者の就業率が高く、いきがいをもって生活していること、野菜摂取量が全国1位であること、健康ボランティアによる健康づくりの取り組みや、専門職による保健予防活動などは「長野モデル」と言われているが、これは普遍的可能性があるのではないだろうか。

一人暮らし高齢者が急速に増加する日本において、ソーシャルキャピタルやコミュニティのあり方という点で示唆に富んでいる。ひとり暮らし高齢者が増えるなかで、高齢者の居場所がないという問題もある。この点からは、欧州に見られるように福祉・医療政策とまちづくり・都市政策を一体となって進めていくのも必要だろう。


環境と医療の統合

そもそも「持続可能性」というコンセプトがはじめて出たのは1987年の国連の「環境と開発に関する世界委員会」報告書「Our Common Future」が起源である。

将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズも満たすような発展を、資源が有限な中、どう実現していくか、という視点は医療にも応用出来る。進化医学では病気の根本原因は社会・環境の中にあるという考え方がある。

環境と医療の統合が非常に重要になってくる。それは、社会全体のあり方を考えるということだ。

今後も、日本医療政策機構で、このような持続可能性の論点を掘り下げて追及して頂くことを期待している。
-千葉大学法経学部総合政策学科教授の広井良典氏

 

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