保険適用内のほぼ全ての医療サービスおよび医薬品は診療報酬制度で定められた料金にて提供される。診療報酬点数および請求要件については、中央社会保険医療協議会と厚生労働省により2年に一度見直しと改定が行われる。改定のプロセスは奇数年の春から偶数年の4月にかけて行われ、ここで決められる診療報酬点数と関連政策は医療保険制度下の医療サービス及びほぼ全ての医療提供者と医療機関の利益を決定づける非常に重要なものである。同時に、医療費の総額や単価管理、さらには医療提供者の行動を誘導するという点でも、極めて重要な政策ツールである診療報酬改正の明確な政策方針と要件の遵守状況に対する定期的な監視により、公的医療保険制度に関する予算面・医療の供給面・および現場における医療サービスの適切な提供面での統制が取られている。また、この改定プロセスは保険医療機関等の財政の健全性の確保という側面も合わせ持っている。
コスト管理
2年に一度の「診療報酬改定」
診療報酬改定の流れ
診療報酬改定のプロセスでは、まず全体の改定率を定めた後に項目別の診療報酬改定が行われる。全体改定率はその後2年間の政府の医療予算の方向性を示すものであり、具体的には財務省主計局の厚労省担当主計官と厚労省保険局長により決定される。
この全体改定率とは、全ての医療サービスと医薬品の価格を対象とした数量加重平均による調整率である1。これらの数字は、与党と日本医師会を含む様々なステークホルダーによる協議や、医療経済実態調査と薬価調査の調査データをもとに導き出され2、政治的、経済的、社会的状況を考慮に入れたものである。製品の数量および供給状況は向こう2年間における全体価格に影響を与えうるため、診療報酬の検討は単に価格調整を反映させるだけでなく、こうした社会動向を視野に入れて慎重に行われる3。
中医協
全体改定率の最終決定は12月に行われ、その後、中央社会保険医療協議会(中医協)により健康保険制度の改定や診療報酬や薬価の改定が行われる。中医協とは厚生労働省大臣の諮問機関であり、支払側委員、診療側委員、公益委員などにより構成される組織であり4、日本の医療政策にとって最も重要な会議のひとつである。診療報酬改定による医療サービス価格の引き上げは医療提供者へのインセンティブを高め、一方で価格の引き下げはインセンティブを下げることからサービスの供給量を抑える役割をもつため、価格の調整は政府の政策方針に基づいて行われる。また、この価格調整は異なる医療専門分野間における医療サービスのコストおよび収益の均一化を図る側面ももつ。このように診療報酬の改定は医療提供者の利益に直接影響をあたえることから、その改定プロセスにおいては、与党政治家や財務当局の意向も強く反映されると同時に、医療団体と厚生労働省担当者との間で細部にわたる交渉も行われる。
さらに、薬価の改定幅も医療費抑制の面で非常に重要である。薬価の改定率は、まず市場価格の調査をもとに各製品の数量加重平均市場価格を算出した後、現行の薬価と数量加重平均市場価格との差の合計を平均市場価格に上乗せする形で設定される。これは薬価と購入価格の差が医療期間の利益となるために医療機関が交渉により値下げを行ってきたことと、厚生労働省が医療費抑制の目的で薬価の引き下げを行ってきた経緯により確立されたプロセスである5。
請求要件の改正
診療報酬とは異なり、請求要件の改正は二年に一度と限定されていないため、厚生労働省が必要と判断した際に随時改正を行うことができる。請求要件を調整することにより、医療サービスや医療製品の提供体制の管理を行い、さらに診療報酬点数とは別の切り口から費用の抑制を図ることが可能である。また、請求要件は医療サービスの質を確保する上においても重要である。例えば特定の医療サービスに対し適切な医療機器が使用されているか、また入院患者一人当たりの医療スタッフの数が基準に達しているかなどの人員と施設に関する基準を設け、厚生労働省が診療報酬の請求要件にすることにより医療の質の確保が図られている6。
コラム:診療報酬改定の勝負はいつ決まる?
2年に1回の診療報酬改定の議論の動向は、医療を取り巻くステークホルダーが固唾をのんで見守る(参考:早朝から行列ができる「中医協」)。限られた財源を巡り、どの報酬がカット された、あるいはどの部分が増えた、など「斬った、斬られた」の関係は、さながら日本の時代劇のようである。さて、その 勝負はいつごろ決まるのであろうか?全体の医療費総額の 増減を決める全体改訂率などの大枠は、実は改訂前年の 12月頃には決着が着く。したがって、診療報酬や薬価を巡る「パイの奪い合い」は10月から12月くらいがヤマ場となるのである。
参考文献
1 Maeda, A., Araujo, E., Cashin, C., Harris, J., Ikegami, N., & Reich, M. R. (2014). Universal Health Coverage for Inclusive and Sustainable Development: A synthesis of 11 country case studies. p.71
2 Maeda, A., Araujo, E., Cashin, C., Harris, J., Ikegami, N., & Reich, M. R. (2014). Universal Health Coverage for Inclusive and Sustainable Development: A synthesis of 11 country case studies. P.103-104
3 Maeda, A., Araujo, E., Cashin, C., Harris, J., Ikegami, N., & Reich, M. R. (2014). Universal Health Coverage for Inclusive and Sustainable Development: A synthesis of 11 country case studies. p.103
4 Maeda, A., Araujo, E., Cashin, C., Harris, J., Ikegami, N., & Reich, M. R. (2014). Universal Health Coverage for Inclusive and Sustainable Development: A synthesis of 11 country case studies. p.111
5 Maeda, A., Araujo, E., Cashin, C., Harris, J., Ikegami, N., & Reich, M. R. (2014). Universal Health Coverage for Inclusive and Sustainable Development: A synthesis of 11 country case studies. p. 77
6 Maeda, A., Araujo, E., Cashin, C., Harris, J., Ikegami, N., & Reich, M. R. (2014). Universal Health Coverage for Inclusive and Sustainable Development: A synthesis of 11 country case studies. p.73