メンタルヘルス


HGPIメンタルヘルス政策プロジェクトの背景

メンタルヘルスに関わる課題は、国や地域を問わず現代社会に大きな影響を与えている。日本において精神疾患を有する患者数は2017年で約419.3万人と増加傾向にあり、この患者数は、いわゆる4大疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)よりも多い状況である。特に外来患者数は年々増加傾向にあり、2017年には約389.1万人に上っている。入院患者数においても約30.2万人と減少傾向にはあるが、日本は人口当たり世界最大の精神科病床数を有し、2018年の病院報告によれば、最新の精神病床平均在院日数は265.8日にのぼり、一般病床の16.1日と比較すると長く、地域格差も大きい。またメンタルヘルス不調・精神疾患の原因は多岐にわたる。これまでにも阪神淡路大震災や東日本大震災のような災害や経済状況の悪化に伴う雇用不安、家庭環境など、社会・経済的要因も大きいとも言われており、ヘルスケア領域に留まらず、社会課題として取り組むことが求められている。

近年では、WHOが「the Comprehensive Mental Health Action Plan 2013-2020」を策定した。こうした世界各国の連携や比較研究を通じた協調により、好事例の展開などが進んでいる。日本においても、1995年の精神保健福祉法や2004年の障害者総合支援法の成立以降、医療と福祉が連携して精神障害を持つ本人や家族を支える体制構築を目指している。また2013年からの第6次医療計画においては、重点疾病のひとつとして位置づけられているほか、第7次医療計画および第5期障害福祉計画には「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」が掲げられている。これは精神障害の人が、地域の一員として安心して自分らしい暮らしをすることができるよう、医療・障害福祉・介護・住まい・社会参加(就労)・地域の助け合い・教育を包括的に確保されることを目指すものであり、まさにマルチステークホルダーによる連携が必要とされている。

しかし、国際的な状況と比較すると、各精神疾患への国民理解や啓発、当事者ニーズに基づくアプローチ、当事者自身がサービス開発・提供に参画すること、精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの進展に向けて多職種と官民が連携した患者支援体制の構築、さらにはライフコースに沿ったメンタルヘルスケアの構築など、今後、さらに取り組みの強化が期待される政策領域も多い。国際潮流をベースとした変革が急務である一方で、既存の医療提供体制からのスムーズな移行を可能にすべく、既存のステークホルダーの変革を促すインセンティブの付与など、効果的な政策誘導も期待される。入院制度の在り方の検討や、多職種による質の高い入院医療の提供、地域での生活への移行と退院後の地域の精神保健医療福祉体制の機能強化、従来の薬物療法に加え非薬物療法の充実による治療の選択肢拡充など、精神疾患を持つ本人の生活の質(QOL: Quality of Life)の向上に資する取り組みが求められている。またこうした体制において地域格差が是正され、医療に限らず全ての人が必要なサービスに平等にアクセスできる環境を構築することが求められている。


メンタルヘルス政策プロジェクトの全体概要

日本医療政策機構では、2019年度より「国際潮流と日本のメンタルヘルス政策」と題し、当事者や既存のステークホルダーを含めた国内外の当分野における産官学民のキーオピニオンリーダーや関係団体によるアドバイザリーボードを組織し、ヒアリングを重ねるなかで、日本のメンタルヘルス政策における現状の課題や論点を抽出し、その課題に対する解決の方向性を検討してきた。

さらには、抽出された課題や論点と、その解決の方向性について、アドバイザリーボードメンバーを中心とした国内外の有識者が意見を表明するグローバル専門家会合を開催し、メンタルヘルス政策の進展の必要性について国内外のステークホルダーに発信を行った。会合は、京都大学大学院医学研究科先端国際精神医学講座との共催、さらにはジョンズホプキンス大学の協力により開催し、第一部「トップアカデミアが語るメンタルヘルス政策の国際潮流」第二部「マルチステークホルダーで考える日本のメンタルヘルス政策 次の打ち手」の二部構成で開催された。特にパネルディスカッションでは登壇者はもちろん、多様なステークホルダーが参加する会場とのインタラクティブな意見交換がなされ、活発な議論が交わされた。議論のポイントは下記の通り。

2019年グローバル専門家会合にて議論された今後のメンタルヘルス政策のポイント

  1. ライフコースアプローチとマルチステークホルダーによる議論を進めること
  2. ライフコースに応じた多職種及び地域の関係機関の連携によるメンタルヘルスケアを実現すること
  3. 当事者視点の政策に向けて、当事者や医療従事者の経験を蓄積し協働を進めること

政策ビジョン「メンタルヘルス2020 明日への提言」公表およびアドボカシー活動

2020年度は2019年度の活動を踏まえ、まず2020年7月に、メンタルヘルス政策プロジェクトチームとしての政策ビジョン「メンタルヘルス2020 明日への提言」を公表した。これは、2019年度のプロジェクトで得た知見に加え、産官学民の幅広いステークホルダーへのヒアリングや国内外の好事例の机上調査を中心として、課題や打ち手を取りまとめたものである。提言書は次の5つの視点をベースに構成されている。

視点1:当事者活動を促進し社会全体のリテラシーが向上する施策を充実させる

視点2:精神疾患を持つ本人のニーズに基づいた地域生活を基本とする医療提供体制を構築する

視点3:「住まい」と「就労・居場所」を両輪として地域生活基盤を整備する

視点4:エビデンスに基づく政策決定・政策評価に向けて必要なデータ・情報収集体制を構築する

視点5:メンタルヘルス政策においてマルチステークホルダーが継続的に議論できる環境を構築する

(詳細は https://hgpi.org/research/mh2020pp.html )

また本提言書の公表後は、国や地方自治体といった行政や国会議員・地方自治体議会議員などの政策決定者をはじめ、当機構が目指す「市民主体の医療政策の実現」という趣旨に基づき、メンタルヘルスと共に生きる本人やその家族や介護者、さらには広く市民社会に向けて発信・意見交換を行った。関連するステークホルダーおよびメディアへの広報・発信活動、国会議員へのブリーフィングなど立法府への働きかけはもちろん、webサイト上でも公開し市民社会における議論の喚起を目指した。提言の一部は実際に政策決定者の検討事項に盛り込まれ、現在その実現に向けて検討が進められている。

インタビュー連載企画「当事者から見たメンタルヘルス政策」

当機構ではこれまでも様々な疾患領域で当事者組織と協働を進めてきた経験を踏まえ、本プロジェクトにおいても精神疾患領域の当事者活動組織が相互を尊重し、効果的な連携を行うことのできるプラットフォームの構築を進めることを目指している。その最初の取り組みとして、上述の政策ビジョンについて当事者からの率直な意見をインタビュー形式で公表する連載企画を行った。当事者および彼らを支援する立場の人にもインタビューを行い、政策ビジョンへの率直な評価や今後のメンタルヘルス政策に期待することなどを語ってもらった。

第1回:「縦断的研究の充実によりリカバリーの生理学的解明を」宇田川 健 氏 (認定NPO法人地域精神保健福祉機構 代表理事)

第2回:「医療体制と地域社会の融和に向けて メンタルヘルスを国の政策の中心に」小幡 恭弘 氏(公益社団法人 全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)事務局長)

第3回:「精神障害を持つ本人として 同じ境遇の人の助けになりたい」堀合 研二郎 氏(YPS横浜ピアスタッフ協会)

第4回:「当事者が安心して生活するために ロールモデルの蓄積・共有、セーフティネットの整備を」小林 圭吾 氏

第5回:「障害を持つ人を社会全体で支えるための市民主体の政策を」荻原 なつ子氏(日本NPOセンター代表理事/立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科教授)

メンタルヘルス領域における政策課題特定に向けたウェブアンケート調査―「メンタルヘルス2020 明日への提言」を振り返る―

2019年度開催のグローバル専門家会合、2020年度公表の政策ビジョンにおいても、幅広いステークホルダーが考えるメンタルヘルス政策の課題を整理してきた。しかし本領域に関わる人々は多様であり、それらの多様な考えを少しでも多く拾い上げるべく政策課題を特定するためのアンケート調査を行った。

本アンケート調査では、政策ビジョン「メンタルヘルス2020 明日への提言」で提示した提言をベースとしながら、特に、精神疾患を持つ本人の人生を縦断的に捉えたときに重要となる「ライフコース」および「治療経過(予防・治療・予後)」の観点を取り入れ、本人の日常生活や各ライフステージに寄り添う支援を実現するための課題・支援ニーズに着目した。こうした観点を調査の中に織り込むことで、ライフコースの中で途切れてしまう支援や、ライフステージの変化に応じ求められる課題を洗い出し、本人を長期的な目線で支援するための包括的な政策アジェンダの策定につなげることを目指す。

本調査により、提言においても言及した政策課題の重要性が再確認された課題が存在した一方で、提言では言及されていなかった新たな課題も抽出された。例えば、「自己肯定感、レジリエンスやセルフケア教育の拡充」、「心理社会的介入研究の推進」、「地域ごとの施策推進に向けた多様なステークホルダーによる議論の場の確保」については、本調査で新たなに見出された課題であり、該当する課題分野において最上位の課題として位置付けられた。


ワーキンググループの設置・推進

2020年12月からは、これまでのプロジェクトを通じて課題を整理し、当機構がその前進に向けて注力するメンタルヘルス政策における課題ごとにワーキンググループを設置し、さらなる個別具体的な議論を進めることとした。現在設置されているワーキンググループは以下の通りである。2021年度は、特に下記WG毎にテーマを深掘りし、政策提言の作成・公表、そしてその後の変革に向けたアドボカシー活動を進める予定である。

  • 認知行動療法WG202011月~20213 ※厚生労働省障害者福祉総合推進事業)
  • 災害メンタルヘルスWG20212月~)
  • 教育・リテラシーWG20214月~)
    その他、企画・調整中

認知行動療法WGについては、「メンタルヘルス2020 明日への提言」策定時から非薬物療法、特に認知行動療法への期待が高いことから設置した。認知行動療法の普及に向けて普及・実装科学の知見も取り入れながら、今後の在り方を考え、2021年3月に提言を行う。災害メンタルヘルスWGについては、2021年は東日本大震災から10年が経過することもあり、これまでに災害メンタルヘルスに取り組みを整理するとともに、平時・発災直後・復興期とそれぞれに求められる持続可能な仕組みづくりを検討する。教育・リテラシーWGは、「メンタルヘルス2020 明日への提言」でも「視点1」取り扱ったテーマである。上述のアンケート調査でも特に優先課題としての認識が高く、引き続きの検討課題としている。特に、子ども(児童・青年期)のメンタルヘルス課題の解消に向けて、当機構の子どもの健康PJTと連携する。


最終更新日:2021年4月