2.3医療政策決定に関わるプレイヤー

日本の医療政策は他の先進国と同様に利害関係の範囲が広く、その決定プロセスは多くのステークホルダーを巻き込むものである。医療政策の決定に関わる主な関係組織は以下の通りである。


中央省庁および国の行政機関

国の行政機関は医療保険制度をコントロールすることにより医療の管理と規制を行っている。具体的には各省庁が政府と医療機関の保険契約の管理を行っており、これは1922年の健康保険法により規定された権限である[10]。また、医薬品の治験、製造と販売後調査など製薬業界の動向を法令の制定を通して監視する責任も国の行政機関の管轄内であり、これらの法令は厚生労働省内外の多岐にわたる部局が所管している。例えば、新薬と医療機器の評価業務は独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の管轄である[11]。


厚生労働省

厚生労働省は中央省庁の一つである。1938年に厚生省として設立され、2001年の中央省庁再編により労働省と統合し、現在の厚生労働省として発足した[12]。2015年7 月現在で16の審議会、8つの地方厚生局、各都道府県に設置してある労働局をもつほか、外部部局として143の国立病院を運営する国立病院機構やPMDAなどの独立行政法人、及び日本年金機構などの特殊法人を所管している。また、厚生労働省の本省には様々な機能をもつ内部部局が置かれている。医療政策の決定プロセスに携わる主な部局は以下の通りである[13]。

保険局: 2年に一度行われる診療報酬改正時に積極的な役割を果たす組織であり、医療保険制度の改善に向けた取組みを行う。

医政局: 人口構造や疾病構造の変化に対応する施策や、医療提供・人員配置・保健医療技術等に関する政策の研究と立案を行う。

健康局: 地域保健、感染症対策、生活衛生、臓器移植、健康向上等に関わる取組みや業務を行う。

医薬食品局: 医薬品、医療機器、化粧品等の安全性と有効性の確保に向けた施策や、病院等への規制を設け血液製剤の管理を行う。さらには医薬品の不正表示、麻薬、覚せい剤等の取り締まり等も行う。

社会・援護局: 生活保護やホームレス対策等を含む社会福祉全般に関する業務を管轄する。また、第二次大戦の遺族へのサポートなども行う。

老健局: 高齢社会をサポートするための介護保険制度や高齢者福祉に関する施策を推進する。

年金局:公的年金制度と企業年金制度に関する企画立案や運用管理等を行う。

労働基準局: 労働時間や賃金の管理や労災補償の実施など、労働者の健康と安全を確保するための業務を行う。

雇用均等・児童家庭局: 労働者やその家族に対する支援、児童福祉を支える業務を行う。

医薬品医療機器総合機構(PMDA)

PMDAは、2004年に設立された独立行政法人[14]であり、主に新薬と医療機器の品質や有用性の審査、市販後の安全性の評価や健康被害に対する取組みを行う組織である。PMDAは国外からの申請や問い合わせに対応する国際部、国内におけるレギュラトリーサイエンスの確立を目指すレギュラトリーサイエンス推進部、生物製剤分野に重点的に取り組む再生医療製品等審査部など複数の部署により構成されている。様々な方策や組織戦略が功を奏し、PMDAは2008年には22カ月を要していた通常品目の総審査期間を2015年10月末時点には11.3カ月まで短縮することに成功した。また、優先品目の平均審査期間についても2008年時点で15.4カ月であったものが2012年には6.1カ月まで短縮されているが、2015年10月末時点では8.7カ月となっている[15]。


中央社会保険医療協議会

中央社会保険医療協議会(以下、中医協)は厚生労働大臣の諮問機関であり、厚生労働省保険局により運営されている。中医協は支払側・診療側・公益を代表する学術関係者などによる3つのグループによる「三者構成」といわれる形態で行われており、1年を通じて様々な議論が交わされるが、主に診療報酬と薬価の改定に関して議論を行う組織である[16]


財務省主計局

財務省の内部部局である主計局は社会保障に関する国の予算を管轄しており、医療政策に関わる極めて重要なプレイヤーの1つである。一般会計予算からの支出は税収と国債で賄われ、国の総医療費の中で重要な位置を占めている。主計局は隔年で行われる診療報酬改定及び薬価改定において、厚労省保険局とともに全体改定率を定める際に最も強い影響力をもつ。診療報酬改定による利害が大きいほど多くのステークホルダーを巻き込み、長期にわたる交渉となる[17]。


<コラム>早朝から行列ができる「中医協」

「医療に関する専門用語を日本語でひとつだけ覚えるとしたら、‘Chu-i-kyo’だと教えられた」(グローバル製薬企業幹部のアメリカ人)という逸話が示すように、医療政策に関する政府の審議会でもっとも重要で、かつステークホルダーの注目を集めるのが「中医協」である。議論は原則として公開で行われ、一般の傍聴も可能である。中医協が最も注目を集めるのは、2年に1度、4月に行われる診療報酬改定を控えた前年秋から2月くらいまでである。この時期に開催される中医協では、診療報酬改定について細部にわたる議論が行われる。その内容をいち早く知るために、医療関係者、報道関係者、製薬メーカー社員などが早朝から傍聴整理券(先着順で配布される)を獲得するために列を作る。会場の座席数は数十席であることが多いが、その限られたシートを巡り、開始の3時間前から100人以上が列を作る…という光景も、中医協では恒例となっている。

 



自由民主党

自由民主党(自民党)は連合国軍による占領が終わった1950年代初頭より医療政策の最前線に立っている。政治勢力の転換期であった当時、医療政策が論議の焦点となり、与党であった自民党は国民皆保険政策を押し進めることにより先導的な役割を担い、国民の幅広い支持を集めた。実際に、自民党は1958年に国民健康保険法の改正に踏み切り、これにより全国の市町村において失業者、退職者、自営業者及び不定期雇用者に対する制度を設け、国民健康保険の拡大を図り、最終的に国民皆保険の達成に至った[18]。それ以来、自民党は法整備を進めるとともに、行政と利益団体(interest group)との連携を取りつつ政治的リーダーシップを確立し、医療政策において積極的な役割を果たしてきた。自民党は現行の医療制度が始まって以来、1993年から1994年までの11カ月間と、2009年から2011年までの約3年間を除き、ほぼ一貫して政権与党であり続けている。

日本医師会

日本医師会[19]は日本の医師の約55%が加入する組織であり、医療政策に関連する利益団体の中で最も強い発言力をもつとされる。日本医師会は官僚や政府関連組織、与党(主として自民党)などと密接なかかわり合いを持つことにより、医師の自律性や職業的利益を守るための活動を行っている。

また、診療報酬を定める機関である中医協の委員にも、日本医師会から複数のメンバーが選出されている。中医協などの公式な場以外においても、日本医師会による非公式な提言やロビイングなどの活動は現在も積極的に行われており、それらの意見は医療政策関連法案を作成する上で大きな影響力を持つとされている。ただし、日本医師会が改正案等に反対している場合であっても、政府との関係を円滑に保つ目的で譲歩や妥協のための交渉が行われることがある。例として、小泉政権時代(2001-2006年)に、混合診療の解禁や投資機関による病院運営の認可など、医療分野へ市場原理を導入する方針が打ち出された際に、日本医師会が強く反対したことがあげられる。その結果、抜本的な改革へは至らなかったものの、一部の小規模な改革は行われることとなった。


都道府県等の地方公共団体

医療法により、各都道府県は区域内の医療機関及び医療従事者を管轄すると定められている。国の行政機関が契約や支払制度を統括するのに対し、都道府県は医療機関の施設設備、人員、 医薬品その他の物品の管理等に関する規則が遵守されているかを管理する役割をもつ。これは1985年の医療法改正時に定められたものである。また、都道府県は保健所を設置し、疾病対策や生活衛生を管轄している。保健所は都道府県以外にも政令指定都市や特別区などにより設置されている[20]


市町村等の地方公共団体

現在、市町村役場などの地方公共団体は、主に地域医療センター等を通した疾病予防や家族の健康に関連した政策方針を定めている。1982年の老人保健法では、市町村の保健事業の活発化を推進する目的で、保健指導や健康診断などの高齢者向けの保健サービスの充実を定めた。また2002年に制定された健康増進法においても、市町村レベルでの地域医療計画に対する積極的な取組みが求められることとなった[21]。

<コラム>「三師会」

他の国と同様、日本においても医療従事者の職能団体は医療政策に強い影響力を持つ。日本では、日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会の3団体が「三師会」と呼ばれ、医療関連団体の中では比較的大きな存在感を示している。このほか、日本看護協会や日本病院協会、日本製薬工業協会など約50の主要な団体が存在し、いずれも政府や与党と良好な関係を構築し、影響力を行使しようと活動している。

参考文献

[10] 厚生労働省「保険診療の理解のために」http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/dl/shidou_kansa_01.pdf (アクセス日2018年1月31日)

[11]医薬品医療機器総合機構「業務のご案内」https://www.pmda.go.jp/files/000219906.pdf(アクセス日2018年1月31日)

[12] 厚生労働省「厚生労働省のはじまり」http://www.mhlw.go.jp/kouseiroudoushou/shigoto/dl/p03.pdf(アクセス日2018年3月27日)

[13] 厚生労働省「主な仕事(所掌業務)」http://www.mhlw.go.jp/kouseiroudoushou/shigoto/(アクセス日2018年1月31日)

[14] 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)https://www.pmda.go.jp/about-pmda/outline/0001.html(アクセス日2017年10月11日)

[15] 独立行政法人医薬品医療機器総合機構「平成28年度のこれまでの事業実績と今後の取組みについて」https://www.pmda.go.jp/files/000215764.pdf (アクセス日2017年10月11日)

[16] 厚生労働省「「中央社会保険医療協議会」について」http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/03/dl/s0309-4e3.pdf(アクセス日2018年1月30日)

[17]池上直己(2014)「包括的で持続的な発展のためのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:日本からの教訓」http://www.jcie.org/japan/j/pdf/pub/publst/1452/1452all.pdf 日本国際交流センター (アクセス日2018年1月29日)

[18]池上直己(2014), 日本国際交流センター「包括的で持続的な発展のためのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:日本からの教訓」http://www.jcie.org/japan/j/pdf/pub/publst/1452/1452all.pdf(アクセス日2018年1月30日)

[19] 池上直己(2014), 日本国際交流センター「包括的で持続的な発展のためのユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:日本からの教訓」http://www.jcie.org/japan/j/pdf/pub/publst/1452/1452all.pdf (アクセス日2018年1月29日)

[20] 厚生労働省「地域保健」http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/tiiki/index.html(アクセス日2018年2月1日)

[21] 厚生労働省「健康増進法の概要」http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/12/dl/s1202-4g.pdf(アクセス日2018年2月1日)