Innovation & Sustainability


国内外の課題

国内、海外の状況

医療システムは国民の生活を安定させる社会基盤の1つである。日本が1961年に国民皆保険制度を確立しユニバーサル・ヘルス・カバレッジを達成して以来、日本の医療システムは、世界トップクラスの健康長寿社会を支えてきた。しかし、相対的に医療消費額が大きい高齢者人口の増加、少子化に伴う現役世代人口の減少、有事が引き起こし得る医療システムへの負荷等の諸課題が、現在の医療システムの持続可能性を脅かしている。

イノベーションの推進、公平なアクセスの確保、及び質の高い医療の提供を、コストを抑えつつ実現するという課題は、世界共通の課題である。

課題

イノベーションの推進と公平なアクセスの両立という課題を解決するための3つの方法として、(1) 価値に基づく価格設定(value-based pricing)、(2) ビッグデータの活用、(3) 最先端技術の導入が挙げられる。

画期的な医療技術や機器・薬剤の価値を適切に評価する上では、コストと公衆衛生上の価値の双方の視点のバランスが重要である。

日本のように公正なアクセスに重点をおいている制度下では、薬剤の評価に加え、医療の質の標準化も重要となる。

持続可能な医療システムの構築にあたっては、財政的な負担も伴うことから、意思決定プロセスへの国民の参画を通じたコンセンサスの形成が求められる。


政策の動向

「Health at a Glance 2019 OECD INDICATORS」[1]は以下を指摘している。

  • 貧困層ほど医療を利用しにくいという問題が続いている
    • 医師の診療が必要とされた成人 5 人のうち 1 人は診察を受けていないと推定され、より貧しい人々ほど医療の利用度が低下している。大半の OECD 諸国で無料のがん検診プログラムが提供されているにもかかわらず、貧しい人ほど受診率が低くなっている。
    • 大半のOECD 諸国が中核的な医療サービスに対して国民皆保険、またはそれに近い制度を有するにもかかわらず、このような医療の利用を妨げる問題が起きている。その理由として、高額費用の分担、給付パッケージからのサービスの除外などが挙げられる。健康情報への理解不足、コミュニケーション戦略の欠陥、医療の質の低さも要因となっている。
  • 医療の質は安全性と効果の面で改善しているが、患者が報告する成果と経験にさらに多くの注意を払うべき
    • 医療の質についてより深く理解するためには、何が人々にとって重要かを評価する必要がある。しかし、治療の成果と体験を定期的に患者に尋ねている医療制度はほとんどない。
  • 各国は多額の医療支出を行っているが、常に最善を尽くしているとは言えない
    • OECD 諸国平均で、1 人当たりの医療支出は約 4,000 米ドル(購買力調整済み)である。
    • 医療費はこれまで経済成長を大きく上回るペースで増加してきた。ここ数年で減速したとはいえ、今後もその状況が続くと予想される。新たな推定によると、OECD 諸国全体の医療費支出は対 GDP比で 2018 年の8%から 2030 年には 10.2%に達すると見られている。ほとんどの国が主に公的資金を活用しているだけに、持続可能性への懸念が生じている。
    • 経済的な効率を高める改革は極めて重要である。ジェネリック医薬品の利用増加がコスト削減につながっているものの、ジェネリック医薬品は OECD 諸国で販売される医薬品の量の半分程度に過ぎない。
    • OECD 諸国では医療・社会制度関連職の就業者数が過去最高となっており、雇用の約 10 件に 1 件は医療または社会福祉関係である。医師から看護師その他の医療専門家への業務移行を進めることにより、コスト圧力を軽減し、効率を高めることができる。

[1] Health at a Glance 2019 OECD INDICATORS:https://www.oecd-ilibrary.org/docserver/4dd50c09-en.pdf?expires=1608886951&id=id&accname=guest&checksum=93A0753C6F32C9F1E848BE62915C3E39

図表で見る医療 2019 年版 OECD インディケータ:https://www.oecd-ilibrary.org/docserver/018f1e04-ja.pdf?expires=1608887267&id=id&accname=guest&checksum=58D457674B1E96E95213F727ADC4A133(アクセス日:2021年1月7日)

  • 経済財政運営と改革の基本方針2019~「令和」新時代:「Society 5.0」への挑戦~
    • 骨太方針2020において給付・負担の在り方を含め取り組むべき政策の取りまとめる方針を示した。
    • 「医療・介護制度改革」について以下の取組みを示した。
      • 2040年までに、医療・福祉分野サービスの生産性を5%以上向上、医師は7%以上向上
      • 総合的な医療提供体制改革:地域医療構想、医師偏在対策、医師等の働き方改革
      • 保険者機能の強化:アウトカム指標による評価割合を計画的に引上げ、国保の法定外繰入解消、都道府県内保険料水準の統一等の先進・優良事例の全国展開
      • 高い創薬力を持つ医薬品産業への転換と薬価制度の抜本改革の推進
      • 診療報酬:調剤報酬の適正な評価に向けた検討等
    • 経済財政運営と改革の基本方針2020~危機の克服、そして新しい未来へ~
      • 感染症拡大への対応と経済活動の段階的引上げ-「ウィズコロナ」の経済戦略として、医療提供体制等の強化(検査能力拡充、ワクチン開発加速・確保 等)する方針を示した。
      • 「新たな日常」を支える包摂的な社会の実現~国民が誰も取り残されない包摂的な社会の実現~のため、「新たな日常」に対応した医療提供体制の構築等として「質が高く効率的で持続可能な医療提供体制の整備を推進、PHR(Personal Health Record)拡充も含めたデータヘルス改革」を掲げた。また、「「新たな日常」に対応した予防・健康づくり、重症化予防の推進」にも取組む方針を示した。
    • 全世代型社会保障会議
      • 2019年9月に全世代型社会保障検討会議を設置し、人生100年時代の到来を見据えながら、お年寄りだけではなく、子供たち、子育て世代、さらには現役世代まで広く安心を支えていくため、年金、労働、医療、介護、少子化対策など、社会保障全般にわたる持続可能な改革を検討中。
      • 後期高齢者の自己負担割合の在り方として、「後期高齢者(75歳以上。現役並み所得者は除く)であっても一定所得以上の方については、その医療費の窓口負担割合を2割とし、それ以外の方については1割とする。」方針で検討が進められている。
    • 高額薬剤への対応
      • 市場拡大再算定、用法用量変化再算定、最適使用推進ガイドライン、費用対効果評価等の制度を組み合わせて対応。

HGPIの活動

当機構では、2016年度から2020年度にかけて「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立」プロジェクトを企画し、マルチステークホルダーによる透明性の高い議論を行ってきた。


  • 「医療政策サミット2016」セッション1:医療の持続可能性(2月27日)
  • 第33回特別朝食会「国民皆保険は維持できるのか?―医療改革の展望―」 武見敬三氏(9月23日)
  • 「医療ICTが変えつつある世界 ~持続可能で包括的な医療システムの実現に向けて~」における講演(オランダ大使館、10月21日)
  • 定例朝食会特別編 ヘルステクノロジー政策アクションシリーズ第4回「患者・国民を中心とした保健医療情報のあり方」(12月16日)
  • 神奈川県メディカル・イノベーションスクール キックオフ・シンポジウム~世界に羽ばたくグローバルな保健医療人材の育成に向けて~(2月3日)
  • 「医療政策サミット2017」セッション1:持続可能な医療システムの構築に向けて(2月18日)
  • 第35回特別朝食会「神奈川県メディカル・イノベーションスクール構想について」大谷泰夫氏(3月2日)
  • 第37回特別朝食会 J・スティーブ・モリソン氏(4月14日)
  • 日本医療政策機構(HGPI)-オランダ大使館 共催 日蘭専門家会合 「テクノロジーと高齢化時代における医療倫理」(4月25日)
  • CSIS-日本医療政策機構 共催 グローバル専門家会合 「医療システムにおけるイノベーションと持続可能性の両立に向けて」(4月14日)
  • 第2回グローバル専門家会合「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立 シリーズ~日本における医療技術評価(HTA)のあり方、課題、そして今後の期待:徹底討論~」~今後検討すべき総合的な論点~(10月5日)
  • 「医療政策サミット2018」セッション2:スペシャル・ダイアログ「日本医師会横倉会長と考える 『持続可能な保健医療システム』とは」(2月24日)
  • プレ会合:医療システムの持続可能性とイノベーションの両立 シリーズ~試行的導入から見えてきた費用対効果評価導入への課題~(5月31日)
  • 連続フォーラム第1回:技術的な課題~試行的導入で明らかになった分析方法の課題および総合的評価(アプレイザル)のあり方~(7月19日)
  • グローバル専門家会合「あるべき医療技術評価(HTA)の未来像」(9月12日)
  • 連続フォーラム第2回:制度化に向けた課題~費用対効果評価導入による他制度との双方向的な影響や整合性~(9月13日)
  • 第71回定例朝食会「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立に向けて~HTAの課題とその可能性~」(8月22日)
  • 連続フォーラム第3回:国民の理解~費用対効果評価が国民に与える影響や、これまでの議論に対する国民理解の促進~(11月12日)
  • 専門家会合「日本の医療の未来と費用対効果評価」(12月14日)
  • 第42回特別朝食会「持続可能な社会保障制度を支える医療の課題とこれからの在り方」(1月18日)
  • 医療政策サミット2019セッション3:「いま考える2040年の社会保障」(2月23日)
  • 第79回定例朝食会「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立~患者の目からみた期待と不安~」(8月20日)
  • 第1回「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立」タスクフォース会合:支出の効率性を高める取り組み(10月16日)
  • 専門家フォーラム 社会保障を問い直す:これからの公的医療サービスの給付と負担の在り方~マルチステークホルダーが目指す国民皆保険制度~(11月5日)
  • 第2回「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立」タスクフォース会合:研究開発にかかる経費を効率的に管理するとともに、市場アクセスを改善する取り組み(11月18日)
  • 「2019年 日本の医療に関する世論調査」(9月17日)
  • 第3回「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立」タスクフォース会合:イノベーションのさらなる促進ためのプッシュ型およびプル型インセンティブの開発・普及(2019年12月12日)
  • 第4回「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立」タスクフォース会合:より良い政策討議のための情報基盤/データ基盤の強化(1月16日)
  • 第5回「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立」タスクフォース会合:医療システムを支える財源や支払いメカニズム(2月17日)
  • 第6回「医療システムの持続可能性とイノベーションの両立」タスクフォース会合:Value Based Medicineの考え方と手法(3月16日)
  • 第1回「優れた医療へのアクセスを維持して無駄を削減するための取り組み」専門家ラウンドテーブル(6月2日)
  • 第2回「これからの国民の健康づくりのために求められる投資」専門家ラウンドテーブル(6月4日)
  • 第86回HGPIセミナー「持続可能な医療財政システムとイノベーションの両立に何が必要か~「日本経済の再構築」に向けた新しい哲学と政策オプション~」(6月17日)
  • 全世代型社会保障に必要な医療システムの実現に向けた提言(7月17日)

HGPIの取り組む重点分野・ミッション

2019年度の有識者タスクフォースでは、今後の医療システムを持続可能なものとし、イノベーションを実現し続けるためには、「効果的な医療の提供を持続的に実現し、さらなる効率化・適正化が求められる」「医療システムの改革にかかる費用は負担ではなく、国民の健康を改善しうる未来への投資である」「疾病の回復だけではなく、健康寿命の延伸に資する医療システムの構築が不可欠である」という3つのコンセプトに沿ったパラダイムシフトの必要性が示唆された。

このパラダイムシフトを実現するには、専門家による議論と発信のみならず、国民的な理解とコンセンサスの形成が必要となる。そのため、患者・当事者(以下、「当事者」)やその他多くの国民が求める医療の価値を明らかにし、さらには、当事者や国民に医療システムに関するオーナーシップを持ってもらうべく、彼らの政策決定プロセスへの参画を促進していくことが重要である。


HGPIの今後の活動

2020年度は、これまでマルチステークホルダーで議論を重ね、政策提言にまとめてきた上述の「3つのコンセプト」を、国民的な議論とコンセンサスの形成に昇華すべく活動している。

具体的には、(フェーズ1)医療システムに関する専門的議論を国民的議論へ展開、(フェーズ2)医療システムの改革や医療の価値に関する当事者の意見の調査と集約、それらを踏まえ、(フェーズ3)国民的議論の促進と、支持を伴った医療システムの改革や、当事者の政策決定プロセス参画に向けた提言を作成する。

これらの活動により、当事者に支持される国民的議論の促進と当事者の「価値」に基づいた医療・イノベーションを実現できる医療システムへの改革を推進していく。


最終更新日:2021年3月