自治体による性教育事業の好事例収集(サマリー)

1.本プロジェクトの主旨

女性が、自身のライフプランを主体的に選択していくためには、性や健康に関する知識は重要な要素のひとつである。一方、学校教育活動全体を通じて性教育の充実に努めるという国の方針はあるが、その実施状況は地域によってばらつきがあるのが現状である。

本調査では、各都道府県が教育機関を対象として実施している性教育事業の好事例を収集した。収集した好事例を広く共有することにより、学校教育における性教育の推進に寄与することを目的としている。


2.調査の進め方

まず、全都道府県の公開資料の確認および電話でのヒアリングを実施し、以下に該当し、且つ独自性があるとチームが判断した事業を好事例として定義した。

  • 性教育事業に対する方針および実施の有無
    • 都道府県としての明確な方針を定めている
    • 自治体が主体となり、教育機関を対象とした性教育事業を推進している
  • 効果的かつ持続可能性のある事業の実施
    • 都道府県の課題に基づきテーマを設定している
    • 少なくとも3年以上取り組みを継続しており、事業評価が実施されている
  • 地域のステークホルダーとの有機的な連携
    • 教育委員会や医療提供者、立法関係者等、地域の主要ステークホルダーと連携している

最終的に以下の都道府県を好事例とし、対面でのインタビューを実施した。(五十音順)

  • 青森県
  • 群馬県
  • 埼玉県
  • 新潟県(新潟県と連携している保健所として、柏崎市、十日町市、南魚沼市)

インタビュー実施にあたっては、都道府県の事業担当者に加え、性教育事業の実施者である産婦人科医や助産師に話を伺った。


3.インタビューから得られた結果

性教育事業を促進するためのポイントとして、以下が挙げられた。

  • 性教育の実施に対する方針
    • 県の教育計画に性教育の実施を含める、制度化して取り組む等、性教育に対して自治体としての明確な方針を定める。
    • 文部科学省の「学校保健総合支援事業」や自治体の予算(場合によっては複数部署の予算や市町村の予算)、学校の予算等を組み合わせ、必要な資金を拠出する。
  • 事業内容
    • 【計画】地域特有の課題や最近の課題、現場ニーズに基づくテーマ設定
      • 国の学習指導要領をベースすることが前提となるが、地域の医療提供者や教育関係者による議論の場や、学校現場や生徒のニーズを把握したうえでテーマを選定する。
    • 【実施】科学的に正しい情報を具体的に伝えるための工夫
      • 性教育に関連する最近の課題や専門的な内容については、産婦人科医や助産師、保健師等の専門家を外部講師として活用する。
      • 外部講師が生徒に授業を実施する場合は、各学校の事情や生徒の発達度合いに配慮しつつも、伝えるべき内容は扱えるよう、学校側と外部講師、事業担当者が事前に意見をすり合わせ、合意を得る。また、講師間の意見交換や授業用スライドの共有することで、授業の質の均てん化を図る。
      • 教職員に対しては、モデル授業や具体的な指導案を共有し、教職員の負担軽減や授業の質の向上を図る。
    • 【評価および改善】事業評価の実施
      • 参加者の感想、事前・事後の知識の変化等を定量的・定性的に把握し、分析する。これらの結果を関係者で議論し、翌年度以降の計画に反映させる。
  • ステークホルダー間の有機的な連携
    • 教育機関向けの性教育事業は、都道府県の学校保健教育担当部門が主として実施することが多いが、外部講師の紹介や個別の健康課題の情報提供等については、健康・医療関連の別部門とも横断的に連携する。
    • 地域の医師会や歯科医師会、薬剤師会、看護師会、助産師会等の専門家と連携し、授業内容へ現場の意見を反映したり、安定的に外部講師を派遣したりする。

各自治体へのインタビュー結果

35年の継続により、文化として根付いた「産婦人科校医」による性教育
県の教育計画として定めることにより、すべての生徒が学ぶ機会を醸成
教職員向け教材や研修の充実により、全生徒が同じレベルの知識を得る機会を提供
地域密着型の各保健所の主体的な取り組みにより、地域の特性や課題にあった性教育(エイズ・性感染症予防)を提供

4.性教育事業推進のポイント

今後各自治体が性教育事業を推進していくためのポイントを、当機構の見解として取りまとめる。

  • 国による性教育事業のサポート
    • 国として性教育の重要性を発信し続けることが、自治体における取り組みへの後押しとなる。
    • エビデンスに基づく授業の実施により、生徒が自分事として捉え、記憶にも残りやすくなる。活用可能な最新、かつ信頼性のある国や自治体のデータを一括で取得できる仕組みが必要である。
  • 医療提供者による講義
    • 地域の医療提供者が外部講師となることで、専門知識の提供に加え、地域の課題や事例も伝えられる。特に生徒に対しては、外部講師の授業は興味を惹くためより記憶に残りやすく、効果的である。
    • 医療提供者が学校へ派遣されて授業を実施する場合は、地域のデータや身近な例を示す等、生徒が自分事として捉えられる内容にすることが非常に重要である。さらに、相談先を具体的に提示する、個別相談の時間を設ける等、悩みを抱える生徒に個別に対応する方法も検討すべきである。
  • 外部講師や教職員の養成
    • 学校現場の実情や性教育の考え方等について、適切なトレーニングを受けた外部講師が派遣されることが望ましい。またこのようなトレーニングを受けた講師が一覧化され、事業担当者や学校が直接コンタクトできることが望ましい。
    • 外部講師の活用は重要だが、保健体育教師や保健教師は、引き続き生徒への保健の授業を担う重要な役割である。しかしながら、保健授業への関心度があまり高くないという声もある。教職員へのトレーニングだけでなく、教職員候補者の指導段階においても、保健科教育により重点を置く仕組みが必要である。
  • 性教育事業の好事例の共有
    • 今回は特に都道府県に焦点を当てたが、この他にも、多くの市区町村や職能団体、教育機関、市民団体等が、性教育事業を実施している。これらの好事例を共有し、かつ、それぞれの取り組みの連携を促進できるプラットフォームが必要である。
  • 教育効果の測定
    • 教育の中長期的な効果を測りたいが、具体的な方法が分からないという声があった。取り組みをさらに良いものにするため、中長期的な教育の効果の測定指標やヘルスリテラシーを測れる尺度の開発等、手法の確立も必要である。


調査チーム

  • 今村 優子(日本医療政策機構 シニアアソシエイト)
  • 小山田 万里子(日本医療政策機構 副事務局長)
  • 吉田 友希子(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)

(五十音順)

本調査は、バイエル薬品株式会社、MSD株式会社の財政的援助を受け、特定非営利活動法人 日本医療政策機構が主体となって実施した。実施にあたって同社との意見交換を行ったが、それらの意見の反映については、調査チームが主体的に判断した。