認知症施策推進大綱(2019年)


新オレンジプランから認知症施策推進大綱へ

新オレンジプランは、厚生労働省を筆頭として、内閣官房、内閣府、警察庁、金融庁、消費者庁、総務省、法務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省及び国土交通省の連名で公表しており、これはオレンジプランから大きな変化である。省庁横断的な推進体制の構築によって、医療介護福祉政策以外の領域においても認知症を対象とした施策が展開されるようになった。

その一例として、2018年に閣議決定された成長戦略「未来投資戦略2018─ 「Society 5.0」「データ駆動型社会」への変革─」がある。ここでは、従来の医学的研究に加え、「超早期予防から発症後の生活支援・社会受容のための環境整備も含め、自治体、研究者、企業等が連携し、「認知症の人にやさしい」新たな製品やサービスを生み出す実証フィールドを整備すべく、本年度、認知症研究のための官民連携に向けた枠組みの整備等を図る」との項目が盛り込まれ、官民が連携して認知症の人の生活を支えるための産業育成にも注力することが示された。これは当機構が2016年度に実施し、2017年に政策提言を行った「認知症研究等における国際的な産官学の連携体制(PPP: Public Private Partnerships)のモデル構築と活用のための調査研究」が大きな影響を与えたものと思われる。こうした流れを受けて、2018年以降、主に経済産業省の予算を基に、AMEDにおいて「認知症対策官民イノベーション実証基盤整備事業」として具体的な検討が進められてきた。こうした省庁横断的な推進体制の構築により、従来の医療介護福祉政策の枠組みを超えることで、官民が連携する機運が高まった。

同じく2018年12月には、「認知症施策推進関係閣僚会議」が内閣官房に設置された。これは2013年から実施されてきた「認知症高齢者等にやさしい地域づくりに係る関係省庁連絡会議」を改組したものである。議長を官房長官とし、副議長以下構成員は国務大臣とすることで、より政治主導による省庁横断的政策推進体制の強化を図ったものと想定される。2014年の健康・医療戦略参与会合において、参与として参画していた当機構の黒川清より、省庁横断的な推進体制の強化を提言しており、こうした議論を踏まえての設置となったものと考えられる。

2018年12月に開かれた第1回関係閣僚会議では、翌2019年5~6月を目途に大綱を取りまとめることが示された。大綱の取りまとめに向け、関係閣僚会議の下に設置された「認知症施策推進のための有識者会議」「認知症施策推進のための専門委員会」、さらには「認知症施策推進関係閣僚会議幹事会」での議論、各省庁での作業が本格化した。

図表1

出典:日本認知症官民協議会HP(https://ninchisho-kanmin.or.jp/about.html)2022年10月アクセス

さらに、2019年4月には、官民が連携して具体的な認知症施策を議論・検討する場として「日本認知症官民協議会」が設置された。これも関係閣僚会議設置時からの決定事項であった。この協議会には、各省庁や地方自治体に加え、経済団体や金融・交通・住宅・小売・生活・IT・通信・医療・介護・福祉などの業界団体、さらには認知症関連学会や当事者組織など約100団体が参加している(2023年3月時点)。事務局は、厚生労働省と経済産業省、特定非営利活動法人地域共生政策自治体連携機構が担い、協議会の下には、厚生労働省が管轄する「認知症バリアフリーワーキンググループ」と、経済産業省が管轄する「認知症イノベーションアライアンスワーキンググループ」が設置されており、それぞれのテーマに基づく議論や事業の検討などが行われている。

図表2

出典:日本認知症官民協議会HP(https://ninchisho-kanmin.or.jp/about.html)2022年10月アクセス


認知症施策推進大綱

2019年6月18日、「認知症施策推進大綱」(以下「大綱」)が閣議決定された。これが2023年4月時点において、最新の認知症国家戦略である。大綱は、団塊の世代が75歳以上を迎える2025年までを計画期間としている。基本的な考え方として「認知症はだれもがなりうるものであり、家族や身近な人が認知症になることなどを含め、多くの人にとって身近なものとなっている。認知症の発症を遅らせ、認知症になっても希望を持って日常生活を過ごせる社会を目指し、認知症の人や家族の視点を重視しながら、「共生」と「予防」を車の両輪として施策を推進していく」としており、これまでの戦略では特段目立っていなかった「共生」「予防」というキーワードが前面に出る形となった。特に、「共生」とは「認知症の人が、尊厳と希望を持って認知症とともに生きる、また、認知症があってもなくても同じ社会でともに生きる」こと、また「予防」とは「『認知症にならない』という意味ではなく、『認知症になるのを遅らせる』『認知症になっても進行を緩やかにする』」こととそれぞれ定義しており、1つの用語に複数のニュアンスを持たせていることも特徴的である。

こうした考え方の下、大綱では、

① 普及啓発・本人発信支援
② 予防
③ 医療・ケア・介護サービス・介護者への支援
④ 認知症バリアフリーの推進・若年性認知症の人への支援・社会参加支援
⑤ 研究開発・産業促進・国際展開

5本柱を据えている。オレンジプランや新オレンジプランと比較すると、その構成は大きく変化した。「認知症バリアフリー」といった新たなキーワードや、「産業促進・国際展開」という新たな視点も加わっている。

1.普及啓発・本人発信支援
主な内容として(1)認知症に関する理解促進(2)相談先の周知(3)認知症の人本人からの発信支援があげられている。具体的な取り組みとしては、2005年の「認知症を知り地域をつくる10ヵ年構想」以来継続し、現在では約1300万人を突破した認知症サポーターの養成などが盛り込まれた。養成対象としては、認知症の人が関わる機会の多い小売業・金融機関・公共交通機関等の従業員のほか、児童・学生を想定し、さらなる拡大を目指している。

また、今回の大綱で新たに盛り込まれたのが「本人発信支援」である。ここでは「認知症の人が生き生きと活動している姿は、認知症に関する社会の見方を変えるきっかけともなり、また、多くの認知症の人に希望を与えるものでもある」とし、「認知症に対する画一的で否定的なイメージを払拭する観点からも、地域で暮らす認知症の人本人とともに普及啓発を進める」とされている。

2.予防
主な内容として(1)認知症予防に資する可能性のある活動の推進(2)予防に関するエビデンスの収集の推進(3)民間の商品やサービスの評価・認証の仕組みの検討があげられている。大綱における「予防」が「認知症になるのを遅らせる/認知症になっても進行を緩やかにする」ことを意味することを繰り返し指摘したうえで、現時点で予防に資するとされる取組みを推進するため高齢者の社会活動や運動などのプログラムへの積極的な参加を推進している。

また現時点では、認知症予防のエビデンスが十分に確立されていないことを踏まえ、エビデンスの収集・分析、さらにはそうした情報を踏まえて認知症予防に資するとされる民間の商品やサービスに対する評価・認証の在り方についても検討するとしている。

3.医療・ケア・介護サービス・介護者への支援
主な内容として、(1)早期発見・早期対応、医療体制の整備(2)医療従事者等の認知症対応力向上の促進(3)介護サービス基盤整備・介護人材確保・介護従事者の認知症対応力向上の促進(4)医療・介護の手法の普及・開発(5)認知症の人の介護者の負担軽減の推進が挙げられている。これらの多くは新オレンジプランでも記載されていた項目を中心としており、各種数値目標も改めて上積みされることとなった。

特に「市町村における認知症に関する相談窓口の掲載:100%」「市町村における「認知症ケアパス」作成率:100%」「認知症カフェを全市町村に普及(2020年度末)」といった目標に見られるように、どの地域に暮らしていても最低限の支援が受けられるよう、支援体制の均てん化を目指した目標も含まれている。

また認知症初期集中支援チームについては、「先進的な活動事例集作成」「訪問実人数全国で年間40,000件」「医療・介護サービスにつながった者の割合:65%」といった目標が掲げられている。認知症初期集中支援チームは2012年度のモデル事業実施を皮切りに、2013年のオレンジプランからその実施が盛り込まれている。現在では、ほぼすべての市町村に設置が完了しており、今後は地域ごとの役割の明確化と質の向上が期待されている。「初期」のニュアンスとして、認知症の「初期段階」ということに加え、医療・介護サービスへの「ファーストタッチ」という意味も込められており、支援が必要な状態にあるにも関わらず孤立状態にある人への対応も含めた広範な役割が期待されている。

4.認知症バリアフリーの推進・若年性認知症の人への支援・社会参加支援
主な内容として、(1)「認知症バリアフリー」の推進(2)若年性認知症の人への支援(3)社会参加支援があげられている。「認知症バリアフリー」は、新たに登場したキーワードであり、大綱の目玉施策の1つともいえる。新オレンジプランにおいても「認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの推進」という柱が掲げられていたが、それに比べて「認知症バリアフリー」は認知症の人の生活に関わるより広範囲の生活場面を含んでいる。

1:バリアフリーのまちづくりの推進2:移動手段の確保の推進3:交通安全の確保の推進
4:住宅の確保の推進5:地域支援体制の強化6:認知症に関する取組を実施している企業等の認証制度や表彰
7:商品・サービスの開発の推進8:金融商品開発の推進 9:成年後見制度の利用促進
10:消費者被害防止施策の推進11:虐待防止施策の推進12:認知症に関する様々な民間保険の推進
13:違法行為を行った高齢者等への福祉的支援

具体的に上表の13項目が示されており、医療介護福祉政策に限定しない広範なメニューとなっている。「認知症になってもできる限り住み慣れた環境で生活を続ける」ことを目指すには、医療介護サービス以外の場面での「認知症フレンドリー」の推進が求められる。生活上の多様な場面を想定した取組みが目指されていることがわかる。特に「7:商品・サービスの開発」は前述の2018年公表の未来投資戦略においても言及されたもので、認知症官民協議会の「認知症イノベーションアライアンスワーキンググループ」を中心に議論、実証事業が推進されている。(2023年4月時点)

5.研究開発・産業促進・国際展開
主な内容として、(1)認知症の予防、診断、治療、ケア等のための研究(2)研究基盤の構築(3)産業促進・国際展開があげられている。大綱本文にも明記されている通り、認知症の原因疾患の多くはその発症や進行の仕組みの解明は不十分であり、さらなる研究開発の推進が必要である。また、疾患修飾治療法(DMTs: Disease Modifying Therapies)や予防法も確立されていないため、研究開発に十分な投資が行われ、その成果を社会が享受できるようにすることが期待されている。

研究開発の重要性は新オレンジプランでも明記され、継続的な重点施策とされている。それに対して、大綱で新たに加わったものとして「産業促進・国際展開」がある。この点については、2018年12月30日に開かれた認知症施策推進関係閣僚会議の第1回において、安倍総理(当時)が「取組を通じて得られた知見を、アジアなどの国々と積極的に共有していくことで、介護産業の発展や世界全体の健康増進に貢献していくことも重要」と発言しており、「産業促進・国際展開」が重点施策として位置づけられていたことが伺える。またこれらは、健康・医療戦略室が推進する「アジア健康構想」とも連動しており、これまでの認知症政策と比べて大きく変化している点である。

(執筆者:栗田 駿一郎)

 

最終更新:2023年4月

 

本稿は、
栗田駿一郎(2023)「認知症を取り巻く現状と政策の概況」『高齢者の権利擁護』第一法規
を基に、一部表現を更新・修正したものです。