日本におけるグローバルヘルス

グローバルヘルスに関する日本の貢献

政府開発援助(ODA)

日本の開発協力の歴史は、コロンボ・プランと呼ばれる国際機関へ加盟した1954年に遡る。加盟をきっかけに、日本はアジアの近隣諸国と密接な協力体制を築いていくため、その後の数年間で戦後賠償や円借款を通した経済協力協定を次々と結んだ1。さらには国内の経済成長の後押しもあり、1960年代の終わりまでに日本は国際援助の取り組みにおいて中心的な役割を担う国となった。1969年にOECDにより政府開発援助(ODA)の概念が取り入れられて以降、日本はODAを積極的に行い2、自国の経済発展の歩みを開発援助に活かす拠出大国として評価されるようになった。これらの日本の開発支援の多くは投資や貿易活動を伴うものである3

こうした日本のODAや外交政策の場において、繰り返し強調されてきたのが「人間の安全保障」の概念である。これは2000年代に入る頃にJICA理事長の緒方貞子氏や小渕恵三総理大臣(いずれも当時)などにより積極的に押し進められ4、今日においても日本の国際協力の政策や指針におけるベースとなる概念となっている5。人間の安全保障を確立する上で、医療制度の強化・皆保険制度・健康安全保障(グローバルヘルス・セキュリティ)を通したグローバルヘルスへの取り組みは極めて重要なものとされている。しかしながら、日本のODAは現在に至るまで、ハードインフラ整備や工事事業が大半を占めているのが現状である6

1992年にODA大綱が取りまとめられ、ODAで優先するべき分野や開発援助に関する指針が示された。この大綱は2003年に改定され、「人間の安全保障」の視点が政策の基本方針として盛り込まれた7。2015年2月10日には、それまでのODA大綱に代わるものとして新たに「開発協力大綱」が安倍内閣により閣議決定された8。それまでのODA大綱を踏襲しつつ、(非軍事的協力による)平和と繁栄への貢献、援助主体間の連携の強化、被援助国の能力強化に向けた支援、男女の平等と女性の参画の促進など、新たな方向性も組み込まれた9。開発協力大綱では非軍事分野での他国軍への協力をODAとして認めるとすることから、各方面で議論を呼ぶこととなった10。ODAとしての援助が他国の軍事活動への間接的支援となりうることが懸念される一方、政府はODAの援助があくまで非軍事目的であることを強調している11

また、最近では外務省・厚生労働省・JICAなど開発政策の管轄機関の連携の強化が日本のグローバルヘルス戦略の効率化につながるとの指摘もあり12、関連機関の連携だけでなく、政府の各機関、NGO、民間企業、そして市民の垣根をこえた協力を促すことにより、効率的・効果的な開発事業を行うことが可能であると考えられている。

G7サミット

1996年以降、G7サミットの場ではグローバルヘルスに特化した議論が毎回行われている。グローバルヘルスにおけるステークホルダーの多様化・官民パートナーシップの導入・世界保健機関の役割の変化等により、国際保健に関するG7の取り組みや成果は一層重要なものとなってきている13。日本はG7のメンバーとして、重要かつ時宜にかなった国際保健上の問題を毎回のサミット主催時に主要議題として盛り込んでおり、サミット閉会後の具体的な実践へと結びつけている14。健康に関する問題がG7の公式声明に含まれたのは1979年のG7東京サミットの際が初めてであった。この声明により、開発途上国の飢餓と栄養不良に関する支援の必要性が確認された15。その後、1986年のG8東京サミットの公式声明では、「より安全な」「より健康な」「疾病への対策」といった明確な文言が使用された。1975年に行われたG7の初会合以来、公式声明で健康に関する直接的な言及があったのはこの時が7回目であった。

2000年のG8九州・沖縄サミットでは、森喜朗総理大臣の招待により初めてアフリカの首脳を交えた議論が行われ、G8とグローバルヘルスの歴史に新たな1ページが刻まれた。また、感染症対策も初めてサミットの主要議題として取り上げられた16。これらを契機として世界のリーダーによる感染症に対する具体的な行動への期待が高まり、2002年には世界エイズ・結核・マラリア対策基金が設立された17

また、2008年に日本で開催されたG8北海道洞爺湖サミットでは、開催前からグローバルヘルスに焦点が当てられた。開催のおよそ1年前から森総理大臣や小泉総理大臣が問題提起を行い、さらに、福田総理大臣や高村外務大臣によってグローバルヘルスをG8の主要議題の一つとして盛り込むための調整が行われた。これらの準備活動の一環として、日本医療政策機構と世界銀行は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団とともに「グローバルヘルス・サミット」を開催し、サミットを前に各分野のステークホルダーらと共に、グローバルヘルスの諸課題へ向けた行動を呼びかけた。また、日本学術会議はG8各国及び関係5カ国とグローバルヘルスに関する共同声明を発表し、G8各国の首脳へと手交された18。これらの政府や民間セクターのさまざまな活動の結果、2008年のG8サミットではグローバルヘルスが主要議題の一つとなった。そして、開発途上国の保健医療制度のさらなる強化に向けたG8の取り組みを促すことにつながった19

2016年には日本でG7伊勢志摩サミットが開催されることから、今回もグローバルヘルスを主要議題の1つとして盛り込むべく様々な調整や活動が行われている。 例えば、2015年12月16日には、日本国際交流センター(JCIE)、外務省、財務省、厚生労働省、国際協力機構(JICA)により「新たな開発目標におけるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」と題した国際会議が開催された。これはポスト2015開発アジェンダが策定されて以降初めて行われた保健分野の国際会議の一つであり、開催地の東京にはグローバルヘルス分野における世界のリーダーがが集まり、公衆衛生上の危機対応やグローバル・ガバナンス、2016年のG7サミットの位置づけ等に関する議論が行われた。翌日にはグローバルヘルス領域の著名な専門家らによる円卓会議も行われ、G7サミットにむけた政策提言案に関して意見が交わされた。政策提言案の作成に携わった「2016年G7に向けたグローバルヘルス・ワーキンググループ」は、会議で得られた提案をもとに、来たるサミットに向けて政策提言案の改善を行っている。


The Global Health Innovative Technology (GHIT) Fund

2013年4月、政府は「The Global Health Innovative Technology (GHIT) Fund」と呼ばれる官民パートナーシップによる共同基金を創設し、顧みられない熱帯病(NTDs)に関する研究開発の支援を開始した。顧みられない熱帯病(NTDs)に対する医薬品開発は、市場原理だけでは有効に働かないことなどから積極的に行われておらず、今もなお、世界人口の約半数が重篤な症状に陥る危険に晒されている。このため、GHIT Fundの誕生はグローバルヘルス分野において非常に画期的な出来事であった。現在、GHIT Fundはマラリア・結核・シャーガス病・リーシュマニア症に特に重点を置いた支援を行っている。

これらのGHIT Fundの活動は、外務省・厚生労働省・国連開発計画の3つの公的機関をはじめ、市民団体であるビル&メリンダ・ゲイツ財団やウェルカム・トラスト、さらには航空会社や、多数の民間企業による出資によって行われている。

また、GHIT Fundのプラットフォームを通し、日本の製薬企業6社と臨床検査薬メーカー1社が共同でMedicines for Malaria Venture (MMV)、Drugs for Neglected Diseases initiative (DNDi)、TB Alliance等の製品開発パートナーシップに参画している。製品開発パートナーシップに加わることにより、顧みられない熱帯病(NTDs)に関する膨大な情報や資源へのアクセスが可能となることから、大規模で多様性に富んだ日本の化合物ライブラリーのさらなる活用と、これらの感染症に対する創薬研究の促進につながることが期待されている20

日本は化合物の発見に関しても世界2位の実績をもつ。革新性の高い日本の研究開発力をグローバルヘルスの重要課題へと向け、世界中に蔓延する顧みられない熱帯病(NTDs)とその疾病負荷の低減に貢献することが期待されている。

2015年11月時点において、GHIT Fundは これまで40以上の製品に対し、5000万ドルを超える出資を行っている。さらに現在、ブルキナファソ、ボリビア、コートジボワール、ペルー、タンザニア、ウガンダにおいて6つの臨床研究が行われており、2016年にはさらに2つの臨床研究が予定されている。2018年までにはGHITが出資した開発事業の中から、最初の製品の完成が見込まれている21


グローバルヘルスに対する近年の国内での取り組み

これまで、グローバルヘルス領域は貿易・経済・医療・教育などに関する政策と様々な形で結び付けられてきた。先ごろ塩崎恭久厚生労働大臣により開催された「保健医療2035」策定懇談会では、20年先の日本の医療制度を見据えて特に重点的に取り組むべき課題について議論が行われた。懇談会が示した3つのビジョンのうちの1つはグローバルヘルスにおける日本のリーダーシップについてであり、グローバルヘルス・ガバナンスの構築や国内外での健康危機管理体制の確立などを通し、世界の保健医療を牽引する国となることが掲げられた。これらのビジョンと具体的な施策は実行推進本部などにより実行に向けた検討が進んでおり、厚生労働省内でグローバルヘルスに関する懇談会が設置された。現在、懇談会では「保健医療2035」で打ち出されたビジョンの実現に向けた具体的な取り組みについて議論がなされている。

References

1 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/pamphlet/oda_50/contents.html

2 http://www.mofa.go.jp/policy/oda/summary/1994/1.html

http://www.odi.org/sites/odi.org.uk/files/odi-assets/publications-opinion-files/7619.pdf

4 http://www.jcie.org/researchpdfs/globalhealth/final_paper.pdf

http://www.odi.org/sites/odi.org.uk/files/odi-assets/publications-opinion-files/7619.pdf

6 Sugiyama, H., et. al., “Japan’s Global Health Policy.” Rowman & Littlefield Publishers, Inc. Lanham: 2013.

7 http://www.jcie.org/researchpdfs/globalhealth/final_paper.pdf

8 Asahi Shimbun. “EDITORIAL: ‘Development cooperation charter’ could transform Japan’s foreign policy.” The Asahi Shimbun. February 11, 2015.

9 Okaniwa, K., “Changes to ODA Charter reflect new realities.” The Japan Times. May 29, 2015.

10 「開発協力大綱」を決定ODAで他国軍支援へ非軍事目的に限定」産経ニュース。2015年2月10日。http://www.sankei.com/politics/news/150210/plt1502100010-n1.html

11 Okaniwa, K., “Rebuttal statement against the editorial of Japan Times ‘Aid that could foment conflict’ (February 20, 2015).” Ministry of Foreign Affairs. March 9, 2015. http://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ap_m/page3_001121.html Accessed January 13, 2016.

12 Sugiyama, H., et. al., “Japan’s Global Health Policy.” Rowman & Littlefield Publishers, Inc. Lanham: 2013.

13 Global Action for Health Systems Strengthening

14 Japan Center for International Exchange. “Global Action for Health System Strengthening: Policy Recommendations to the G8.” 2009. p 9-15.

15 G8 Conclusions on Health, 1975–2015 John Kirton, Zaria Shaw, Julia Kulik and Fern Ramoutar and Maria Marchyshyn

16 The Global Fund. “Japan and the Global Fund.” The Global Fund. http://www.theglobalfund.org/documents/replenishment/2015/Replenishment_2015JapanDonorSheet_Report_en/ Accessed January 13, 2016.

17 Sugiyama, H., et. al., “Japan’s Global Health Policy.” Rowman & Littlefield Publishers, Inc. Lanham: 2013.

18 Kurokawa, K., et. al., “Italian G8 Summit: a critical juncture for global health.” The Lancet: Vol 373, February 14, 2009. P 526-527.

19 Reich, M. and Takemi, K. “G8 and strengthening of health systems: follow-up to the Toyako summit.” The Lancet: Vol 373, February 9, 2009. P 508-515.

20 Katsuno, K., et. al., “Hit and lead criteria in drug discovery for infectious diseases of the developing world.” Nature Reviews. Vol. 14. November 2015. p 751-758.

21 Slingsby, B.T. “How innovative financing and partnerships are transforming the infectious disease product pipeline.” Devex. November 5 2015. Accessed on January 7 2016 at https://www.devex.com/news/how-innovative-financing-and-partnerships-are-transforming-the-infectious-disease-product-pipeline-87246


最終更新日:2016年3月