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オンライン診療の一般化、普遍化に向けた課題と取り組み
”遠隔医療・オンライン診療に関する取り組みに関するこれまでの取り組みについて”
佐藤 大介
ー2018年度診療報酬改定における医療ICT政策の1つの注目として遠隔医療がありました。厚生労働省による遠隔医療・オンライン診療に関する取り組みが注目されておりましたが、改めてこれまでの経緯と背景について教えてください。
奥野 哲朗
遠隔医療・オンライン診療に関する取り組みについては、「遠隔診療」という名称で、1997年の厚生省健康政策局長通知「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」において初めて明記されました。その際は、医師法の解釈上、初診は対面が原則であり、また、対面診療と適切に組み合わせれば遠隔診療によっても差し支えないことを明記しました。長らくそのルールが定着していましたが、ガラケーしかなかった時代のルールを見直して、現在の汎用技術水準に合わせた柔軟な対応が必要ではないかという意見も寄せられるようになりました。
長らくそのルールが定着していましたが、ガラケーしかなかった時代のルールを見直して、現在の汎用技術水準に合わせた柔軟な対応が必要ではないかという意見も寄せられるようになりました。また、規制改革会議での議題にも取りあげられ、2015年厚生労働省事務連絡において、1997年の厚生省健康政策局長通知に記載されている地理的条件や疾病についての条件は例示で述べたものにすぎない、という通知を行いました。この通知がきっかけとなり遠隔診療が広まっていったと認識しています。こうした大きな流れの中で、不適切な遠隔診療サービス等によって本来必要とされている遠隔診療の普及が妨げられないように、「オンライン診療の適切な実施に関す指針」(以下、指針)を作成する、という決断をし、スピード感をもって整備を進めました。
”遠隔医療・オンライン診療は、医療の質向上、医師の働き方改革、医師の偏在対策等、多様なニーズに応える有効な手段の1つ”
佐藤 大介
ー2015年の事務連絡における例示をきっかけに「遠隔診療解禁」という解釈がされ、一気に注目された分野だからこそ、適切な普及のために指針を整理された経緯と理解しました。
そのような背景を踏まえて、遠隔医療・オンライン診療に関する政策の基本的考え方について伺いたいのですが、昨今の医療制度を取り巻く環境において遠隔医療・オンライン診療のニーズとは何でしょうか。
奥野 哲朗
様々な側面があります。一概にこれとは言えません。今回、医療の質を向上するという観点からもオンライン診療が望まれるというご意見もありました。例えば、画像解像度について4Kという技術が現在普及していますが、8Kという超高精細な画像技術が実用化されようとしています。8Kレベルの画像解像度ですと、人間の目で直接見るよりもより精度の高い分析ができることから、より正確な診断が可能になったり、病変を発見できたりするということにもつながるので、医療の質は高まると思います。こうした技術は遠隔医療に限らず通常医療でも活用すべきという話もあります。
もう1つの「オンライン診療」で活用が期待される技術ですが、センサー技術を使うことで患者さんが医療機関を受診する時間以外も患者さんの状態を把握することができるようになります。
そうすると、例えば、血圧を下げる薬を処方している患者さんに、これまで2週間に1度、通院してもらっていたのが、間にオンライン診療を挟むことによって、「薬を飲みましたか?」というフォローアップ等を例えば毎週、より高い頻度でできる等、「服薬アドヒアランス」を上げることが期待できます。ほかにも画面越しに患者さんの顔だけではなく、背景として家庭の状況が映し出されるので、患者さんの日常生活がより把握できるとの意見もありました。例えば、認知症の患者さんの場合、部屋が急に雑然としてきたりすることが分かると、症状の変化を疑うこともできます。
渡邊 亮
ー今回の指針の中で特筆すべき点が、診療の場所がテクノロジーの進歩に伴って必ずしも今まで通りとは限らないという部分に踏み込んだことと思いますが、そのあたりについてはいかがでしょうか。
奥野 哲朗
医師の所在の制限等、必ずしもこれまでのルールの必要性が無くなってきている部分はあります。具体的には、診療を行う場所について、元来患者さんを直接対面で診察するという前提があり、感染症拡大防止などの公衆衛生の観点から、あるいは患者さんのカルテが医療機関にしかないなど情報の優位性の観点から、当然に医療機関で行うという考えがありました。ただし、今は電子カルテの普及も進んでおり、セキュリティ下におかれていれば、院外にいても患者さんの情報を呼び出すこともできます。極端な例を言えば、「在宅診療する医師が車の中で移動中、他の患者さんの診察することはできるのか」と指摘されたときに、「個人情報保護の観点から窓からのぞかれるなど無いように気を配らないといけないが、その他に何の問題があるのか」ということになり、オンライン診療を定型的に場所で縛る必要はなかろうということになりました。
渡邊 亮
ー非常にエポックメイキング的なことですね。
奥野 哲朗
オンライン診療の場所については様々な議論がある中で、勇気がいることだったのですが、特定の場所に縛らないということで、働き方改革を行う政府の方針からしてもある意味当然のことだと思っています。私たちは、時代の変化を先取りしてルールを定めていかないといけない立場なので、むしろこれまで後手に回っていた部分を追いついて追い越すために、そこを縛るのは時代遅れではないかとも考えました。
もう1つのオンライン診療に関するニーズは医師の偏在対策です。関連法案に関する議論の中でもオンライン診療が役に立つのではないかというご質問をいただいていて、特に医師の少ない地域でオンライン診療を活用することで、医師がなかなか訪問できない場所に住んでいる患者さんを診れるようになりますし、1人の医師がカバーできる範囲が広まることで医師偏在の解消にも貢献できることが期待されます。このようにオンライン診療は、すべての課題を解決する夢の技術ではありませんが、使い方によっては多面的な課題に対する有効な手段の1つになると思っています。
渡邊 亮
ーただ、医師の偏在対策については、離島の場合、医療を提供する医療者自体がいない可能性があると思います。そのような状況下では、オンライン診療を最初に導入する時点から障壁があるのではないでしょうか。
奥野 哲朗
そこに関しては、例えば今回の医師法の改正で医療機関の2か所管理が可能であることを明確にしました。それに伴い、必ずしも常勤医がいなくてもオンライン診療での対応が可能です。医師が火曜日だけ診察にくる診療所では、火曜日に医師が来た時に初診をして、後は適宜対面と組み合わせながらオンライン診療でフォローする。医師が一人もいない地域ではどのようにオンライン診療を運用していくかは課題ですが、今回のルールでは、すぐに対面による診療ができない場合で、オンライン診療を行うことによってメリットがあるような場合は必ずしも初診原則を守らなくても良いというルールを作りました。すぐに医療機関に行けないけれども医師に診てもらわないと大変困るといったときにはオンライン診療にて対応しても良いと定めました。これも、初めての例示です。
今まで「離島へき地」という言い方をしていたのですが、場所にとらわれず、本当に困っているときに上手にオンライン診療を実施できるよう指針を定めましたので、現場では柔軟に対応してもらえば良いと思っています。ただ、オンライン診療の後、医療機関に行く必要があれば遠くても行くべきです。医療の質が下がらない範囲で柔軟にできるだけオンライン診療を使って欲しいと思っています。
佐藤 大介
ー遠隔医療・オンライン診療が医療の質向上のような多様なニーズに応える可能性がある一方で、医療費の観点から遠隔医療・オンライン診療の期待や懸念については、いかがでしょうか。
奥野 哲朗
医療費は難しい問題です。一つ言える側面としては、重症化する前に診察ができるようになれば、そのことによって医療費が抑えられるのではないかという点です。一方で懸念点としては、オンライン診療は環境さえ整えば簡単に受診できるという点があげられます。便利だからと言って安易な受診とならないように、今回の指針では「初診はできるだけ対面で行うこと」としました。
”オンライン診療の指針策定後の課題は、エビデンスや事例に基づく指針の検証とさらなる普及のための推進策”
佐藤 大介
ーこれまでのお話を踏まえますと、「指針策定以前の論点」と「策定以後の論点」は大きく変化しているように思います。今回の指針を策定した前後でそれぞれの論点にはどういうものがありますか。
© Health and Global Policy Institute
奥野 哲朗
「指針策定以前」については、医療の質に関する論点があげられます。例えば「疾患の見逃しがないか」、「誤診につながらないか」という懸念を払拭するためには、どのようなルールが必要かという点です。これに関しては様々なご意見をいただきました。対面診療を基本原則とすることや、診療計画を定め対面診療とオンライン診療の組み合わせ方をあらかじめ決めることにより、オンライン診療の質を担保できると考えています。さらにはセキュリティに関する論点があります。具体的には、患者さんの大事な診療情報が漏洩しないような規制が必要な一方で、制約条件が厳しすぎてオンライン診療が使われなくなると本末転倒になるので、どこまで許容するのかという点です。今回の指針においてセキュリティに関する規定を設けましたが、基本的な考え方としては、患者さんとの合意に基づいてリスクを認識していただいた上で適切なツールを選んでもらう、ということを明文化しています。
最後に、オンライン診療を提供する場所についてです。どこは実施可でどこは実施不可という言い方はせず、例えば、外からプライバシーが守られるように個室でやってくださいというルールや、特定多数の人を呼び寄せる公民館のような場所は「可能だが、公衆衛生上の問題から、医療機関の登録をしてから人を集めてください」ということも明記させていただきました。策定後の課題は、さらなるオンライン診療普及のため、今回定めた指針の細かい適用についてです。今回、ルールが定まり診療報酬で評価されたことで、オンライン診療は一定程度広まってくると思っています。
重要なことは、オンライン診療が広まったときに、エビデンスや事例を見て、それが望ましい形で広まっているのかということをチェックする視点です。不適切なサービスが広まっているとしたら、現行ルールの問題点は何か。逆に適切に普及しているのであれば、さらに推進するために、厚生労働省として何ができるのかということを多方面から検討する必要があると思っています。さらに申し上げますと、指針策定に関する検討会での議論において医師の研修の話がありました。今、申し上げた話の中で診療の質に関することは利用のプロフェッショナルである医師であれば理解していただけると思いますが、情報セキュリティの話になると、現場の医師にとっては理解が難しい部分もあると思います。情報システムやデバイス、アプリを提供する事業者やサービスについて、どの事業者やサービスが安全なのか分からず判断が難しいというのが現状だと思います。この点については、厚生労働省の責任もあるのではないかと認識をしており、なんらかの策を施していかなければいけないと思っています。
佐藤 大介
ー確かに、今回の指針ではソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)について明記されていませんので、skype等のような汎用的な無料SNSサービスは良いのか悪いのか、という疑問を持たれると思います。このあたりは海外の動向やガイドラインなどを含めて検討されるのでしょうか。
奥野 哲朗
無料SNSのリスクは、例えばサーバーが国外に設置され、やり取りした情報がどう扱われているのか分からない点などが挙げられます。例えば、音声データでやり取りした情報について、すぐに消去されていると思っていても、実は勝手に企業が保存していたとしても何も言えないですし、それが情報漏洩しないとも全く言えない状況です。極端に言えばサーバーの設置している国が情報を取得できる国もあります。「絶対に情報は守られていると思っていたのに、診療の情報が洩れちゃった」という事態にならないよう、実際に診療を行う医師に正確に理解していただくことが厚生労働省の役割だと思っています。
”医師への研修は学会等主導によるプロフェッショナルオートノミーが理想”
渡邊 亮
ー医師への研修については現行の医学教育を含めてどのような取り組みが必要になっていくのでしょうか。
奥野 哲朗
先ほどのセキュリティの話に関連しますが、セキュリティの研修だけでなく、「こういう観点でやると診療の質が上がります」、「スマホだと色味が変わるからこういう点に気を付けましょう」、「画像越しだと患者はこういうことを考えているから、こういう風な話かけが有効ですよ」とか、そのような研修の場をまず作ろうと思っています。ただし、それらを卒前卒後の教育に組み込むかどうかは文部科学省との連携も必要ですし今後の検討課題です。
文部科学省ではモデルコアカリキュラムという基本的考え方を示しており、詳細な研修内容にオンライン診療を盛り込むのかどうか今後の議論が期待されます。したがって、現状ではオンライン診療をやる場合はできるだけこの研修を受講してくださいという形にし、オンライン診療を実施する医師が、オンライン診療に関する研修を受講済であることを公表することにより、国民の安心につながればと考えています。厚生労働省としては規制(その講座を受講しないとオンライン診療ができない)という方向にはせず、インセンティブという方向性で進めたいと思っています。
佐藤 大介
ーある論文でアメリカにおいて患者になりすまして、いくつかのオンライン診療所のサービスを受けたところ、質のばらつきが大きかったという報告がありました。規制や罰則という形で普及というよりは、不適切なところは自然と淘汰される方が望ましいやり方かと思いますが、どの国においても共通の課題かもしれません。
奥野 哲朗
医療の質については学会主導で研修を整備していただけるのが理想です。過去に、日本遠隔医療学会でも指針を出されていたので、今回の指針でも参考にさせてもらいました。医療領域の議論は、国が必要以上に介入をすると現場の反発を招く場合もあり、オートノミー、すなわち自律的に進めるべきだと思っています。今は国が主導権を握っていますが、この状態はあまりよくないと思っています。プロフェッショナルが主導し、国も一緒に推進していくことが望ましいのではないでしょうか。
”オンライン診療に関する規制は「適切な診療を行うために求められる共通理解を得られたもの」”
佐藤 大介
ー不適切なサービスや予想しえない事態が生じるかもしれないことを踏まえると、オンライン診療の普及には規制は必要と思う一方で、規制を厳しくしすぎると適切な事例も縛ってしまうことになりかねません。今回の指針を取りまとめる中でこのような規制の程度に関する難しさはありましたか。
奥野 哲朗
ありました。まさにセキュリティの論点がそうでした。万全を期すのであれば厳密なセキュリティに関するルールを設けるというのが当然良いのですが、そうすると導入費用は上がるだけでなく、そもそも事業者も対応できないかもしれません。今回の策定ではそういった点の合意はスムーズに得られたと思っています。皆が「それは当然だよね」と思うことを書かせていただいたつもりです。規制というと、国が無理矢理縛っているみたいなニュアンスで語られることが多いのですが、「それは当然だよね」という合意に基づいた標準的なルールを目指しています。今回の指針を厳しい規制と受け取る方もおられるかもしれませんが、何もない中でのスタートなので、不適切な事例がはびこらないよう、固めに備えておく必要に鑑み指針を策定させていただいたことに起因すると思います。今後、普及が進めば、より柔軟に対応できる指針となると思っています。
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佐藤 大介
ー確かに規制という呼び方は上から締め付けるようにとられますね。
奥野 哲朗
「適切な診療を行うために求められるルールについて共通理解を得られたもの」というニュアンスですね。今回の指針は、多くの団体から代表者を呼んで参加いただいて決めたものなので、基本的にはいろんなところのコンセンサスは得られているのではないでしょうか。
”エビデンスの収集・蓄積には政策側と現場の協力が必要不可欠”
佐藤 大介
-これまでの取材を通じて、多くの方々がエビデンスの収集をどう考えるかが課題と言われていました。本日お話いただいた中でのエビデンスについてはどのように考えればよいでしょうか。
奥野 哲朗
クリニカル・エビデンスを含めたいろいろなタイプのエビデンスが収集できると思います。例えば、オンライン診療を導入した治療において患者さんの治療成績がどうなっていくのかというケースレポートのエビデンスも含みますし、レセプトデータなどを収集し、どの地域でオンライン診療の導入が進んでいて、過去と比べて患者さんの健康にどのような変化や効果があったのか、安全性の観点からオンライン診療に関する医療事故等が起こっているか等が挙げられます。
そもそもどのような情報が得られ、それらの情報から何が明らかになるのかということを考えるのが厚生労働省の役割です。一方で、事業者と医療機関がタイアップし、医療の質を評価して欲しいということは指針の理念にも書かせていただいています。現場の医師が論文などを通して、積極的に学術的な観点からの意見、データ等を示していただければオンライン診療のレベルも上がっていくでしょう。政策立案側と現場が協力して質の高いエビデンスを蓄積するのが良いのではないでしょうか。
”オンライン診療の一般化・普遍化、さらなる技術革新への期待”
佐藤 大介
ー将来的なビジョン、1つの目安として2025年、2035年に向けて、オンライン診療やヘルスケアICT政策の発展について、どのようなことが期待されるのかを教えてください。
奥野 哲朗
現状のオンライン診療は限定的に広まっている状況であると認識しています。将来的にはオンライン診療の一般化、普遍化を期待しています。高齢者が増えていく中で、外出が困難な人が増えてきています。オンライン診療が一般化することによって、そういう方々に対してより良い医療を提供できます。現状では都市部においてはオンライン診療が広まりはじめていますが、指針に離島へき地で行われているオンライン診療の代表的な例を載せようと思って調べてみたら、意外にも事例が無いということがわかりました。今後、そのような地域でこそ普及して欲しいと願っています。
さらにチャレンジングな話ではありますが、さらなる技術革新によってオンラインでできる診療行為が拡大していく未来を期待しています。
(写真左:渡邊亮 写真中央:奥野哲郎 写真右:佐藤大介)
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佐藤 大介
遠隔医療・オンライン診療に関する政策の想いや未来への期待に向けて重要な示唆のあるお話でした。
本日はどうもありがとうございました。