1947年5月に施行された日本国憲法では、国民が健康である権利を有し、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上が国の責任の範囲内であることが明確に記されている[i]。日本では政府主導の社会保障政策が実を結び、1961年に国民皆保険を達成するに至った [1]。
国民皆保険制度の特徴は以下のとおりである。
日本国籍か外国籍かを問わず、日本に3カ月以上滞在すると認められた者全員に公的医療保険への加入の義務がある。どの公的医療保険に加入するかは加入者の職業、年齢、居住地域により決まるものであり、加入者が自由に選択できるものではないこと。また、加入者本人が世帯主でない場合は世帯主の職業、年齢及び居住地域に基づいて決められる。
いずれの医療保険制度に加入している場合においても、国民が自分の判断で医療機関や受診頻度を自由に選択できる。こうした体制を「フリーアクセス制度」という。フリーアクセス制度により、国民は病気等になった際には、保険証があれば一定の自己負担で必要な医療サービスを受けることができる[2]。
しかし一方で、軽症であるにもかかわらず、入院や手術を必要とする患者を対象とする二次救急医療機関の夜間外来を自己都合で受診する、コンビニ受診が1つの問題として指摘されている。人材不足等で疲弊が懸念される医療現場を守るために、医療機関それぞれの機能に応じて適切な受診の機会を選択できるように、「かかりつけ医の推進」や「受診時定額負担」について議論が行われている[3]。
[i] 憲法25条により「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」とされている。
給付内容は、いずれの公的医療保険に加入していても、原則として同じである。保険の制度により疾病予防や健康増進のプランに多少の差があるものの、公的医療保険は加入者が選択できるものでないため、これらの給付内容の違いは加入に影響を及ぼさない程度のものである。いずれの制度においても給付の対象は入院費、外来受診費、精神疾患による通院費、処方薬、訪問看護、歯科治療費等である。
医療費の自己負担割合は、医療保険制度間を通じて同じである。70歳未満の者は3割負担であり、6歳(義務教育就学前)未満の子どもは2割負担となっている。また、70歳から74歳までの者は2割負担、75歳以上の低所得者は1割負担、70歳以上で現役並み所得者は3割負担など自己負担額の割合は年齢、所得に応じて決まる[4]。
医療費が高額になった際に、家計に対する医療費の負担が過重にならないよう、月ごとの自己負担限度額を超えた場合に、その超えた額を支給する制度として高額療養費制度がある。自己負担限度額は、被保険者の年齢、所得によって異なる。例えば、69歳以下の加入者で年収約370万円~約770万円の場合、ひと月の上限額は80,100円+(医療費-267,000円)×1%で算出された額となる。高額療養費制度は患者を財政的リスクから保護する(Financial Risk Protection)上で大きな役割を果たしている[5]。高額療養費の支給額は、2013年度でみると75歳未満で約1兆6,772億円、75歳以上で約5,429億円であり、2004年から2013年の10年間で75歳未満の支給額は約1.56倍であるのに対し、75歳以上では2013年度で、1.65倍となっている。高額療養費全体でみて、支給額は増加傾向にある[6]
保険料については、加入する医療保険制度により算出方法が異なることから、被保険者が納める保険料の額も異なる。健保組合や協会けんぽなどは、働いている会社が保険料の半分を負担している。保険料の算出方法は、健保組合や協会けんぽでは、標準報酬月額(被保険者が事業主から受ける毎月の給料などの報酬の月額を区切りのよい幅で区分したもの)に保険料率を掛けることにより算出される。保険料率は、それぞれ健保組合ごと、協会けんぽ支部ごとに異なる。
国民健康保険における保険料の算出方法は、市区町村により異なる。所得割(その世帯の所得に応じて算定)、資産割(その世帯の資産に応じて算定)、均等割(加入者1人当たりの額を算定)、平等割(一世帯当たりの額を算定)の4つの組み合わせによって算出する。
このように加入している医療保険制度によって保険料は異なるが、保険料は収入等に応じて算定され、収入が多い程、保険料も高くなる。この保険料は、必ずしも自らが加入している医療保険の加入者の給付分だけではなく、後期高齢者や前期高齢者に係る給付分も含まれている。つまり、医療保険制度間で加入者の所得水準に差があることから、財源を安定させる目的で保険制度間の財政調整が行われている。
日本には、3,000を超える保険者が存在し、職域保険、国民健康保険(地域保険)、後期高齢者医療制度と大きく3つに分けられる。後期高齢者医療制度は、主として職域保険及び国民健康保険からの支援金と公費により支えられている。
―職域保険
職域保険は3つに分類され、その一つは主に大企業向けの健康保険組合によるものである。これは1,300以上の保険者により提供されている医療保険で、保険者が財政難に陥った場合には公費による助成の対象となる。2つ目は公務員向けの共済組合による保険で、公費による補助の対象外である。3つ目は協会けんぽにより運営される中小企業の被用者向けの保険である。加入者からの保険料のほか、健康保険組合の保険料及び公費から構成される支援金が協会けんぽの主な財源である。それぞれ加入者数、保険料水準などが異なる[7]。
健康保険組合は、2017年4月1日時点で1,357組合存在しており、いずれも健康保険法に基づき設立された公法人である[8]。1企業により組織された組合(単一組合)と、同種同業種の事業主で組織された組合(総合組合)があり、加入者数は2016年8月末時点で2,917万人である。協会けんぽは、健康保険法に基づき、健康保険組合の設立が困難である中小規模の事業所の従業員と家族が加入できるように設立された保険者である。加入者数は、2016年8月末現在で3,718万人であり、保険料水準は都道府県に設置された支部ごとに異なる。健康保険組合が財政ひっ迫等の理由により運営ができなくなり解散した場合、これまで健康保険組合に加入していた被保険者等は協会けんぽに加入することになる。こうした状況から、協会けんぽは被用者保険のセーフティーネットとしての役割を担っている。共済組合は、共済各法に基づき、国家公務員等を対象として設立された保険者である。2014年3月末時点で85組合存在しており、加入者数は、2014年3月末時点で891万人である。健康保険組合と同様に、保険料水準は加入する共済組合によって異なる。
―地域保険
国民健康保険は自営業、無職者及び75歳未満の退職者を対象とした医療保険制度である。つまり、他の医療保険に加入していない住民を被保険者とする制度という点において、国民の健康を支えている医療のセーフティーネットとしての役割を担っている。2017年までは、国民健康保険の運営は市町村が担っていたが、2018年に都道府県の管轄へと移行された。都道府県が財政運営の責任主体となることで、安定的な財政運営や効率的な事業運営の確保等により、赤字体質が続く国民健康保険の財政基盤強化を図るという目的がある。現在の国民健康保険は、加入者は保険料を納付するが、実際の給付金支出の5割程度は公費により賄われている。加入者の年齢構成の高さ、所得水準の低さ、保険料(税)の収納率の低さなどの構造的問題があり財源が不安定な制度であるといえる[9]。
―高齢者医療
Section1で述べた通り、後期高齢者医療制度は2008年に導入された制度で75歳以上の全員を加入対象とし、扶養者と被扶養者の区別がなく加入者全員を被保険者とするものである。都道府県及び市町村単位にて運営されている。この制度は、高齢化に伴う支出と医療費に関する説明責任と透明性の向上に向けて国民健康保険から後期高齢者のための制度を実質的に独立させたものである。都道府県単位で過去2年の医療費支出額から算出された保険料が、加入者個人の年金から差し引かれることによって保険料を納付する仕組みである。高齢者からの保険料の納付額は支出の10%程度にしか満たないため、後期高齢者医療制度は公費の助成と上記2つの医療制度との財政調整により支えられている[10 ]。