厚生科学審議会地域保健健康増進栄養部会の「今後の生活習慣病対策の推進について(中間とりまとめ)」(2005年9月15日)の中で、生活習慣病予備群の確実な抽出と保健指導の徹底が不十分、科学的根拠に基づく健診・保健指導の徹底が必要、健診・保健指導の質の更なる向上が必要、国としての具体的な戦略やプログラムの提示が不十分、現状把握・施策評価のためのデータの整備が不十分-などが生活習慣病対策を推進していく上での課題としてあげられた[2]。 上記にあげた課題を解決するための新たな視点として、生活習慣病対策を充実・強化することが必要であるとされ、2008年4月から特定健康診査・特定保健指導(以下「特定健診・特定保健指導」という)が導入された。さらに、「日本再興戦略」の重要施策である「国民の健康寿命の延伸」実現のためにデータヘルス計画の策定・実行等が全保険者に求められ[3]、企業に対しては、健康経営の取組みの促進が求められるようになった。
5.2保険者による予防・健康づくりの推進
特定健康診査・特定保健指導
特定健診・特定保健指導は、日本人の死亡原因の約6割を占める生活習慣病の予防のために、40歳から74歳を対象にメタボリックシンドロームに着目した健診である。特定保健指導は、特定健診の結果、生活習慣病の発生リスクが高く、生活習慣改善による予防効果が期待できる方に対し、保健師等が生活習慣を見直すサポートを行っている。
厚労省では、2017年度には2008年度と比較して、糖尿病等の生活習慣病有病者・予備軍を25%減少させることを目標とし、各医療保険者はこの目標を踏まえ実施計画を策定している。計画策定は、国がとりまとめた特定健康診査等基本方針に基づき作成している。
実際の実施状況についてみてみると、特定健診については、保険者全体で2015年度は50.1%の実施率であった。保険者別でみると、市町村国保36.3%、国保組合46.7%、協会けんぽ45.6%、船員健保46.8%、健保組合73.9%、共済組合75.8%と保険者の種別によってバラツキがあることが分かる[4]。健保組合と共済組合で実施率が7割を超えている一方で、市町村国保等他の保険者では実施率が低く、二分化されている状況である。特定保健指導の実施率については、市町村国保23.6%、国保組合8.9%、協会けんぽ12.6%、船員健保6.9%、健保組合18.2%、共済組合19.6%となっており、特定健診の実施率と比較すると、いずれの保険者も実施率が大幅に低くなっている[86]。特定保健指導の実施率の低さの原因としては、健診日に血液検査の結果が出ないため、健診日から面接日までに数ケ月程度かかる等が指摘されている[5]。
データヘルス計画
超高齢化の進展により、政府が金融政策、財政政策に続く“第3の矢”として発表した「日本再興戦略」の重要施策に「国民の健康寿命の延伸」がある。その実現のため、予防・健康づくりの新たな仕組みづくりとして、全保険者に対しレセプト等のデータ分析と、それに基づいて加入者の健康保持を増進する事業計画「データヘルス計画」の作成・公表等の取組みが求められた。データヘルス計画第1期は2015年度から2017年度であり、まずは「データヘルス計画」を策定し、PDCAサイクルを回してきた。2018年4月からは第2期のデータヘルス計画が実施されており、本格実施を迎える。また、市町村国保においても同様の取組みが推進された。データヘルス計画を作成、活用することで、健保組合等が効果的な保健事業に取り組むことが期待されている。
このようにして作成されたデータヘルス計画の目的は、健診・レセプト情報等のデータの分析に基づいて保健事業をPDCAサイクルで効果的・効率的に実施することにある。あわせて、健康的な職場環境の整備や従業員の健康意識・生活習慣の改善に向けた取組みを、事業主との協働の下で推進するコラボヘルスにより目指していく[6]。2016年に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2016(骨太方針2016)」の中でも、「企業による健康経営の取組みとデータヘルスとのさらなる連携を図る」と明記され、保険者によるこうした予防・健康づくりの取組みに対する期待の大きさが感じられる。
健康経営
健康経営とは、従業員等の健康管理を経営的視点で考え、戦略的に実践することである。増加し続ける国民医療費は、健康保険組合等の財政悪化に影響を及ぼすとも指摘されている。保険料が増加すれば個人・企業負担の増加につながる。さらに、少子高齢化が進むことで生産年齢人口が減少している中では、従業員の健康状態の悪化は企業の生産性低下につながり、人材確保に悪影響が及ぶことも考えられる。こうした人口をとりまく環境等の変化もあり、企業にとって従業員の健康の維持・増進を行うことは、医療費適正化や生産性の向上に加え、将来に向けた投資でもある[7]。
企業にとっては、従業員の健康保持・増進、生産性の向上に加え、企業イメージの向上にもつながり、組織の活性化や企業業績の向上にも寄与する。経済産業省は、健康経営に戦略的に取り組んでいる企業の中から原則1業種1社を「健康経営銘柄」として選定している。こうした取組みを通して、健康経営に取り組む企業が社会的に評価され、より健康経営の取組みが促進されることを目指している。
2017年7月には、厚労省より「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」が公表された。このガイドラインは、先にも述べたように事業主と健康保険組合などが連携して加入者の健康増進に向けた取組みを効果的に行う「コラボヘルス」によって健康経営を実践し、健康づくりのトップランナーとして日本全体を牽引するための契機とすることを目的とし、事業主・健康保険組合の双方に向けてコラボヘルスの意義や実践事例をまとめている[8]。つまり健康保険組合が実施する「データヘルス」と事業主が実施する「健康経営」を車の両輪として、より効果的に機能させることを目的とし作成されたガイドラインである。
個人、保険者へのインセンティブの推進
予防、健康づくりのインセンティブ強化の1つとして、個人と保険者に対するインセンティブ強化があげられる。
個人へのインセンティブの強化策としては、保険者が加入者の予防・健康づくりに向けた取組みに応じ、ヘルスケアポイントの付与や保険料への支援等を実施している。ヘルスケアポイント付与の例としては、特定健診や健診結果の改善等を加入者の取組みとし、健康グッズや人間ドック割引券を付与している[9]。
保険者へのインセンティブ強化としては、2015年の国保法等改正において、保険者種別の特性を踏まえた保険者機能をより発揮しやすくする等の観点から、①市町村国保について保険者努力支援制度を創設、糖尿病重症化予防などの取組みを客観的な指標で評価し、支援金を交付する、②健保組合・共済組合の後期高齢者支援金の加算・減算制度について、特定健診・保健指導の実施状況だけで評価するのではなく、がん検診や事業主との連携等の複数の指標で取組みを総合的に評価する仕組みに見直された(施行は2018年度から)。健保組合・共済組合の後期高齢者支援金の加算・減算制度については、予防・健康づくり等への取組みに対するインセンティブを重視した形で、多くの保険者に広く薄く加算し、定められた指標の達成状況に応じて段階的に減算する仕組みに見直し、2018年度から開始された。
参考文献
[2] 厚生労働省「今後の生活習慣病対策の推進について(中間とりまとめ)」http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/09/s0915-8.html(アクセス日2017年11月21日)
[3] 厚生労働省「第1章 データヘルス計画の背景とねらい」http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000069365.pdf(アクセス日2018年2月7日)
[4] 厚生労働省「平成 27 年度特定健康診査・特定保健指導の実施状況について」http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000173319.pdf(アクセス日2018年2月2日)
[5] 厚生労働省「今後の特定健診・保健指導の実施率向上に向けた方策について」http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002e0cn-att/2r9852000002e0hh.pdf(アクセス日2018年2月2日)
[6] 厚生労働省「データヘルス計画作成の手引き」http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000178352.pdf(アクセス日2018年2月2日)
[7] 経済産業省「企業の「健康経営」ガイドブック~連携・協働による健康づくりのススメ~(改訂第1版)」http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkokeiei-guidebook2804.pdf(アクセス日2018年2月9日)
[8] 厚生労働省「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000170819.html (アクセス日2018年2月9日)
[9] 厚生労働省「保険者インセンティブについて」http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000163331.pdf(アクセス日2018年11月28日)