助産師を取り巻く環境は、国によって大きく異なる。その背景には、各国における女性の社会的地位や、女性自身の健康や出産に対する意識の違いといったものが挙げられ、同じ助産師という職業であっても、職域や求められる役割も異なる1。
国際助産師連盟(ICM: International Confederation of Midwives)は、出産を迎える全ての女性とその新生児が、助産師のケアを受けられる世界を目指すことを目的とし、1919年に結成された、助産師による国際組織である2。3年毎にICM学術大会が開催されており、2017年6月18日~22日、カナダ トロントにて第31回目が開催され、当機構職員を含む約4,000名の助産師が、113か国より参加した3。本学会における議論を基に、女性の健康課題解決に向けて、助産師が貢献できることを考察する。
【課題】正しい知識や技術を持った助産師の出産への立ち合いの少なさ
1990年の世界の妊産婦死亡※1は、年間あたり53万2,000人、出生10万人に対し385人であったが、2015年は年間あたり約30万3,000人、出生10万人に対し216人であった4。このように1990年から2015年にかけ、世界の妊産婦死亡率は約44%と大幅な減少がみられたものの、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)※2で掲げられた「2015年までに妊産婦の死亡率を1990年の水準の4分の1に削減する」という目標は達成できなかった5。ここで注目すべきは、妊産婦死亡の99%は低中所得国で生じていることである。高所得国の出生10万人に対し12人という妊産婦死亡率と比べて、低中所得国では出生10万人に対し239人もの女性が、妊娠や出産で命を落としている6。このような現状を踏まえ、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)※3では、「2030年までに世界の妊産婦死亡率を、出生10万人に対し70人未満に低下させる」という目標を掲げている7。
助産師が救命措置を施すことが法律で認められている場合、助産師が出産に立ち会うことによって、妊産婦死亡を83%防ぐことができるということは、すでに証明されている8,9。しかし2006年から2016年の実績では、助産師もしくは産科医といった熟練した技術を持つ医療従事者が立ち会う出産は、低中所得国においては全体の53%にとどまり、高所得国の92%という数値と比べて大きな差がある10。
また、出産前後に起こる妊産婦死亡の大半は、主に陣痛開始から出産後48時間以内に起きている。さらに、分娩後出血の場合は、発生後2時間弱で妊産婦が死亡してしまうことが多い。このため、低中所得国で妊産婦死亡の原因とされているのが、以下の「3つの遅れ」11である。
(1)問題が起きた時に治療を受ける必要があると決断するまでの遅れ
(2)決断してから緊急産科ケアを受けることができる病院や診療所を見つけ、そこに到着するまでの遅れ
(3)到着してから適切かつ十分な治療を受けるまでの遅れ
出生10万人当たりの妊産婦死亡率が500人を超える20の国の全てが、サハラ以南のアフリカ諸国である6。これらの国では助産師の数の不足もさることながら、正しい助産知識や技術を十分に持った助産師が不足しており、問題が発生した場合に適切な対処ができていないことも課題となっている1。
※1 妊娠中または妊娠終了後満42日未満の女性の死亡を指す。妊娠により発症したもの、もしくは妊娠や分娩、産褥時の管理に関連して発症したもの、またはそれらによって悪化した全ての原因によるものをいう。ただし、不慮または偶発の原因によるものを除く12。
※2 2000年9月、ニューヨークの国連本部で開催された国連ミレニアム・サミットに参加した147の国家元首を含む189の国連加盟国代表が、21世紀の国際社会の目標として、より安全で豊かな世界づくりへの協力を約束する「国連ミレニアム宣言」を採択した。この宣言と1990年代に開催された主要な国際会議やサミットでの開発目標をまとめたものが「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)」である。MDGsは国際社会の支援を必要とする課題に対して2015年までに達成するという期限付きの8つの目標、21のターゲット、60の指標を掲げている13。
※3 持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)は、人間の尊厳を奪う貧困へのグローバルな取り組みとして2000年にスタートしたミレニアム開発目標(MDGs)の後継となる目標である。SDGsは、極度の貧困と飢餓への対策、致命的な病気予防、すべての子どもへの初等教育普及を始めとする開発優先課題に関し、普遍的な合意に基づく測定可能な目標を定めた14。
【課題解決に向けた考察】
必要なスキルを持った助産師育成の必要性
十分な知識と技術を持った助産師がいれば、上記の「3つの遅れ」においても、素早く適切な判断を下し、医療機関で専門医に妊産婦を引き継ぐまでの間に必要な処置を施すことが可能となる。そのため、緊急時に迅速に適切な処置をできる人材の育成は不可欠である。助産師の教育や活用に投資することは、その女性自身だけでなく、その国の未来に投資することに繋がる。国連や関連機関、各国の政府、関連企業は、正しいデータやエビデンスを基に、助産師育成の機会を提供していく必要がある。
【課題】自律、先導して正常妊娠・正常分娩のケアを担う助産師の不足
妊婦健診や出産の介助といった産科医療におけるケアの主要な提供者は、国によって異なる(表1)15。
表1:産科医療におけるケアモデル
コクランの妊娠と出産グループが2016年に発表した、助産師主導の継続ケアモデルと他のケアモデルを比較したシステマティックレビューによると、助産師が主体となって女性のケアを行い、必要時に産科医と適切な協働を図るケアモデルが推奨されている15。助産師主導の継続ケアモデルを受けた女性は、他のケアモデルを受けた女性と比較して、会陰切開や器械分娩(吸引分娩・鉗子分娩)といった医療介入や、37週未満の早産、妊娠中の胎児死亡・1か月以内の新生児死亡が少なかった。加えて、ケアに対する満足度が高いことも明らかになった15。さらに、National Perinatal Epidemiology Unit (NPEU)らの研究により、助産師が主体となってケアを行う院内もしくは院外にある助産施設での出産は、産婦人科医が主体となってケアを行う産科病棟における出産と比べて、医療介入が少ないだけでなく、新生児異常の発症率にも差異がないというエビデンスが示された16,17。これらの研究結果に基づき、2014年イギリスの国立医療技術評価機構(NICE : National Institute for Health and Care Excellence)は、出産場所に関するガイドラインに、特に妊娠・出産に関する合併症のない女性に関しては、院内もしくは院外の助産施設における出産を推奨するという新たな指針を追加した18。
本来、助産師は自分たちで患者の状態をアセスメントし、ケアを実施できる医療の専門家である。日本においても、保健師助産師看護師法によって、助産師は正常な経過の妊娠・分娩に関連するケアは単独で行えると定められおり、正常妊娠・正常分娩のケアは助産師の職域であると認められている。しかし、日本の多くの医療機関では、助産師が自律、先導して正常妊娠・正常分娩のケアを担っているとは言えないのが現状である。
【課題解決に向けた考察】
産科医へ的確にコンサルトできる、自律した助産師育成の仕組みの確立
今後、日本の助産師は、多職種で構成されている産科医療チームの中で、自律性を発揮し、リーダーシップをとっていくべきである。自律した助産師を育成するために必要な制度の一つとして、卒後教育制度が挙げられる。助産師が自律性を発揮して活動しているニュージーランドやオーストラリア、オランダなどでは、大学卒業後の卒後教育制度が義務化されている。5年以上の臨床経験があり、メンター(プリセプター)となる研修を修了した助産師によるメンター(プリセプター)制度の導入や、1年目の分娩介助の目標件数の設定など、助産ケアの質の向上を図るための努力がなされている。さらに、専門職としての質を向上させるために、イギリスやニュージーランドでは、助産師免許の更新制度も確立しており、それに伴って毎年必修の研修を受けるなど、継続した教育が実施されている。一方日本では、助産師の実践能力の向上や統一化のために、2015年に助産実践能力習熟段階(クリニカルラダー)レベルⅢ認証制度が開始された19。しかしながら、導入・実施状況は各施設によってばらつきがあるのが実情である。卒後教育・継続教育プログラムの実施の義務化や免許の更新制度を導入することで、正常妊娠・正常分娩のケアを主体的に担うだけでなく、正常妊娠・正常分娩からの逸脱をアセスメントし、産科医へ的確にコンサルトできる助産師の育成に繋がると考えられる。
また、これら教育制度の実現により、助産師が、女性に対して健康や性に関する知識を提供することも可能となるだろう。オランダやイギリスでは、助産師が、初回の妊婦健診時に、妊娠に関する知識とともに、出産場所や出産方法の選択の仕方についての情報を提供している。日本においても、妊娠・出産に関わる専門家として、助産師が正しい知識を提供し、エビデンスに基づいたケアを実践することで、他国で推奨されている助産師主導による妊娠・出産時のケアの実現へと繋がっていくと考えられる。
助産師主体の政策提言力の強化
上記に例として挙げた助産師の教育制度の実行や、日々の医療行為やケアの指針となるガイドラインの改定や医療環境の整備・改善を推進するために、助産師の政策提言力を強化すべきである。
他国の助産師と比較し、政策に関わる助産師の数が圧倒的に少ない日本の現状を変えるためにも、助産師育成時に医療政策や、医療政策に関わるステークホルダーについて学ぶ機会を設けるべきである。
文責:日本医療政策機構 シニアアソシエイト、助産師 今村優子
※本記事は個人の見解であり、当機構の公式見解ではありません。