世界に先駆けて急速に少子高齢化が進む我が国において、人口維持への政策的介入と労働力の確保は急務である。2014年以降、政府は女性の活躍推進を成長戦略のひとつとして掲げ、産業界も女性役員・管理職への登用に関する行動計画を策定し、数値目標を設定するなど動きを活発化させている1。
しかしながら、日本は労働力や教育のほか、性差を意識した女性の健康施策等について整備が未だ不十分であり、ジェンダー後進国と言える。事実、世界経済フォーラムより毎年発表される、世界各国の男女平等の度合いを数値化したジェンダーギャップ指数において、日本は先進国中最も低い水準に位置づけられており、2016年は対象144ヵ国中111位と、特に女性の労働力に対する低い評価が順位を下げている2。
日本の女性が明るく健康であり、かつ活躍できる社会実現のためには何が必要か。ライフスタイルが劇的に変化し、新たな課題が生まれる昨今、女性の健康対策について再考する必要がある。本セクションでは、日本の女性の健康と活躍推進に関連した動きについて概要を述べた上で、そこから見えてくる課題を抽出し、同様の課題に対して成功した海外の取り組みを紹介する。
女性の健康 国際比較
包括的な女性の健康支援に関する法律と組織が果たす役割
女性は男性に比べ、ライフステージによって心身の変化が激しい。そのため女性の健康と社会的活躍を包括的に支援する枠組みや、男女の性差を前提とした健康政策によって女性の健康や男女平等参画が進んだケースが見られる。以下、アメリカ、ヨーロッパの事例を比較する。
【日本】
女性の健康促進が経済活動へ貢献することは、科学的にも明らかになっており、女性がどのライフステージにおいても健康に過ごせる社会を目指した政策整備が必要である3。2007年4月に政府によって策定された「新健康フロンティア戦略」では、「女性の健康力」が柱の一つに位置付けられた。その後、2008年3月より厚生労働省は、女性が生涯を通じて健康で明るく、充実した日々を自立して過ごすことを総合的に支援するため、毎年3月1日から8日までを「女性の健康週間」と定め、啓発活動を中心とした女性の健康支援対策事業を地方自治体へ促した4。2009年、女性の健康支援対策事業委託費として3.5億円を計上、子宮がんや骨粗しょう症等女性特有の疾患の予防に資する事業を都道府県等に委託し、効果的な事業展開方法について研究、検証を促す等、疾病ベースの健康政策が進められてきた5。
一方で、女性は心身の状態が各ライフステージにおいて大きく変化することから、疾病ベースの対策では不十分であり女性の健康を生涯にわたり包括的に支援する必要があるとの議論が活発になった。これを踏まえて、2014年、「女性の健康の包括的な支援に関する法律案」が国会に提出されたが、2017年8月現在法案成立には至っていない6,7。本法案が成立することで、男女間の性差や年齢、ライフステージに基づく考えが広まり、女性特有の疾患および女性患者数が多い骨粗しょう症や認知症、就業・結婚出産をめぐる課題に関する研究、対策の推進が期待されている。
「女性の健康の包括的な支援に関する法律案」(自民党ウェブサイトより)
【アメリカ】
アメリカでは包括的な女性の健康支援が始まって久しい。1991年より、政府機関として、包括的な女性の健康支援促進を目的にOffice on Women’s Healthが設置され、女性の寿命伸長、乳がん検診率の向上、臨床試験への女性参画の3つを主な成果としている8。研究、予防、ヘルスケアの提供、医療従事者の教育、保健・科学分野に従事する女性のキャリア支援を中心に、健康格差、暴力、HIV/AIDS、トラウマケア、年齢ステージ別のケアに関するキャンペーンや政策を支援している8。
2010年オバマ政権による医療保険制度改革Affordable Care Act(ACA)の成立により、女性の健康に関するアクセスが大幅に改善され、保険適用により自己負担コストも縮小された。例えば、女性一般に関する疾病予防への保険適用が増え、特に妊婦に関しては各種感染症予防や、貧血検診、喫煙やドメスティック・バイオレンス、避妊に関するカウンセリングといった心身のケアが充実した9。
ACAの下での効果や州別の政策は、2013年7月National Conference of State Legislatures策定のレポート、“Improving Women’s Health Challenges, Access, and Prevention”で言及され、この発表によりさらなる健康啓発ならびに、政策転換へとつながった。例えば、「女性の健康は自身の健康に資するのみならず、女性が家庭内の健康に関する意思決定者であることから家族の健康、ひいては州・国家財政にも影響する」という考え方に基づいた慢性疾患予防の啓蒙活動、思春期女子へのHPVワクチン投与、認知症早期発見・診断の取り組み等を多くの州が始めている10。
【ヨーロッパ】
「人権と基本権の尊重」は、欧州連合(EU: European Union)設立の基本理念の一つであり、このような政治・文化的背景を下に、男女平等についても2009年発効のリスボン条約ならびに当条約によって法的拘束力を付与されたEU基本権憲章で、すべての分野での男女平等を保障し、性差別を禁止している11。医療制度や教育制度についてはEUが一貫した政策を実施していないため、加盟国間で違いがあるのが現状であるが、EUは男女間の健康格差については政策上、特に考慮されるべきと考えている。また、EU関連団体による女性の健康や男女間の健康格差に関する研究も盛んであり、欧州委員会のレポート“ Data and Information on Women’s Health in the European Union”や、EIGE(European Institute for Gender Equality)が発行したレポートの中でも、主な男女の健康格差に関する社会的、生物学的要因について言及されている12,13。
2006年、これらの研究に応える形で欧州連合理事会は、性差に基づく健康格差の縮小が必要であるという立場を表明、2010年には健康格差の縮小を目的としたデータと知識の最適化のための政策立案とアクションを呼び掛け、健康の社会的決定要因を考慮したすべての市民、子供、若者、妊婦のヘルスアクセスの確保と予防を訴えた14。欧州議会も2011年に採決した法案の中で、性差が健康に影響していることならびに、経済的理由によるヘルスケアへのアクセス不均衡が起こっていることを強調した。
欧州委員会は”Sexual and reproductive health and rights”レポートの中で、EU加盟国における既存の好事例を発表し啓発活動を推し進めている。例えば、イギリスでは“The Equality Act 2006”の中で、すべての公的機関にGender Dutyを導入。国、地方を問わず、サービス提供時には誰に対しても平等であるべきと訴え、医療機関では男女間の健康アウトカムが平等となるような医療サービスを促している15。
女性がん検診の受診率
日本におけるがん検診受診率は、他先進国と比較して女性の疾患に限らず全体的に低い。諸外国の受診率が高い理由や受診率が改善した取り組みを以下比較した。
【日本】
1981年以降、男女ともに死因1位はがんであるにも関わらず、政府が「がん対策推進基本計画」(2012年~2016年対象)で掲げるがん受診率50%には男女ともに未達である16。中でも乳がん、子宮頸がん検診の受診率は低く2013年の調査ではそれぞれ36.4%、37.7%だった16。このため、政府は一定年齢の対象者に、がん検診(子宮頸がん検診、乳がん検診及び大腸がん)の「検診無料クーポン」と、がんについてわかりやすく解説した「検診手帳」(がん検診は市町村・特別区の事業として行われており、自治体によって内容は異なる)の配布を開始した17。
2016年に日本医療政策機構が発表した「働く女性の健康増進に関する調査」では、受診しない理由としては、「健康なので行く必要がない」が約半数、「病院が苦手」約30%、「仕事や家庭が忙しい」25%と続いている16。
今後、予防と早期発見に関するさらなる教育、啓蒙活動が期待される。また、乳がんは乳腺外科へ、その他は婦人科へとなると時間的、経済的にもハードルが高いことから、職場による受診促進のための休暇取得、費用補助があってもよいだろう。
【アメリカ】
アメリカでのがん検診率は高く、2006年の経済協力開発機構(OECD: Organisation for Economic Co-operation and Development)の調査では子宮頸がん、乳がん検診ともに対象者の80%を超えている16。これは、受診推奨が法律で定められていることならびに民間の保険会社が費用を拠出して検診を推奨していることが功を奏している。ACA導入後は、乳がん検診を含め保健適用の範囲が拡大した9。
【イギリス】
ヨーロッパ諸国における受診率は軒並み60%~80%台と高く、これは家庭による思春期の婦人科受診奨励や性教育の効果とも言われる16。2006年のOECD調査によるとイギリスの子宮頸がん、乳がん検診ともに受診率70%を超えている16。国民保健サービス(NHS: National Health Service)の方針に基づき、総合診療医(GP:General Practitioner)登録を行った対象者には受診勧奨通知が出され、これが高い検診受診率へと繋がっている。
【韓国】
韓国は政策転換により、がん検診受診率の改善に成功している。2004年の乳がん検診受診率は約30%、子宮頸がんは約50%と、日本と同様に低い水準であったが、2011年には乳がん検診71%、子宮頸がん67.9%へ改善した19。
この改善は女性特有のがんに限らず、男女ともに他がん検診でも同様の傾向がみられる。理由としては、コール(電話・手紙による個別受診勧奨)・リコール体制(未受診者への再受診勧奨)の構築、保険者による対象者全員への受診券送付といった個人への働きかけがあった。また、国が財源を安定的に確保した上で、がん検診受診による医療費負担の軽減を実施(検診で見つかれば精密検査費や治療費を補助)。診療に比べて検診の自己負担が小さいことや、公的医療保険のがん診療への適用範囲が狭いことが検診受診の動機づけとなっている19,20,21。
女性による避妊・月経コントロール
日本では男性用コンドームによる避妊が46.1%(2015年)と最も使われている避妊法であるのに対して、低用量ピルの使用率が低く1.1%の使用率に留まる22。これは世界平均の低用量ピルの使用率が19.2%、ヨーロッパ諸国では40%前後であることと比較すると顕著である22。
低用量ピルが日本で認可されたのはアメリカに遅れること25年の1999年である。当時HIV/AIDSが大流行していたことや性の乱れへの懸念、薬によるホルモンコントロールを行うべきでないとの意見から先進国のどこよりも遅れた23。しかしながら、低用量ピルは、ほぼ100%の避妊が可能であるばかりでなく、女性主体の避妊ができ、かつ月経痛や月経量をコントロールできることから女性の生活の質の向上に大きく貢献する。現在、日本で低用量ピルを服用するためには医師の診断に基づく処方箋が必須であるが、世界的には、147か国中約70%の国において、OTC(Over-The-Counter)、つまり処方箋を不要としドラッグストア等で購入が可能である24。低用量ピルの薬価は、自由診療となるため自己負担額は月あたり2,500~3,000円前後であるが、ヨーロッパ諸国に比べ高価(10ユーロ前後、もしくは条件によっては保険適用により無料等、国によって異なる)であることから、コストがピルへのアクセスを妨げる要因の一つにもなっていると考えられる。
また、緊急避妊薬についても、ヨーロッパ諸国においては80%以上の国で処方箋を不要としたドラッグストア等での購入が可能であるばかりでなく、イギリス、フランスでは7ユーロから入手が可能である25。また、フランスでは2001年よりスクールナースから提供することが可能となり、未成年の望まない妊娠を防ぐ最終手段としてアクセスが向上している26。
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