日本の医療保険制度

1947年5月に施行された日本国憲法では、国民が健康である権利を有し、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上が国の責任の範囲内であることが明確に記されている[i]。日本では1961年に政府主導の社会保障政策が実を結び、国民皆保険を達成するに至った1


国民皆保険制度の特徴は以下のとおりである2

  • 日本国籍か外国籍かを問わず、日本に3ヶ月以上滞在すると認められた者全員に公的医療保険への加入の義務があること
  • どの公的医療保険に加入するかは加入者の職業、年齢、居住地域により決まるものであり、加入者が自由に選択できるものでないこと。また、加入者本人が世帯主でない場合は世帯主の職業、年齢および居住地域に基づいて決められること。
  • いずれの医療保険制度に加入している場合においても、国民が自分の判断で医療機関や受診頻度を自由に選択できる「フリーアクセス制度」
  • 給付内容が原則として同じであること。保険の制度により疾病予防や健康増進のプランに多少の差があるものの、公的医療保険は加入者が選択できるものでないため、これらの給付内容の違いは加入に影響を及ぼさない程度のものである。いずれの制度においても給付の対象は入院費、外来受診費、精神疾患による通院費、処方薬、訪問看護、歯科治療費等である。
  • 医療費の自己負担率が医療保険制度間を通じて同じであること3歳以下の子どもは2割負担、75歳以上の低所得者は1割負担など自己負担額の割合は年齢に応じて決まる3
  • 加入する医療保険制度により保険料率が異なること
  • 高額医療費制度による自己負担限度額を超えた場合の医療費の助成。平均的な所得の勤労者の負担上限は概ね月額9万円程度となる。自己負担限度額および限度額を超えた場合の自己負担額は被保険者の年齢と収入に応じて決められる。患者を財政的リスクから保護する(Financial Risk Protection)上で大きな役割を果たしている。
  • 請求内容の適否の審査や支払を行うため、各都道府県に設置された審査支払機関が保険者への請求書送付や医療機関からの診療報酬請求などを請け負うこと。
  • 医療保険制度間で加入者の所得水準に差があることから、財源を安定させる目的で保険制度間の財政調整が行われること。

3000を超える保険者が存在し、職域保険、国民健康保険(地域保険)、後期高齢者医療制度と大きく3つに分けられる。職域保険および国民健康保険は支援金を通して後期高齢者医療制度を支える役割を持っている。


職域保険は3つに分類され、その一つは大企業向けの健康保険組合によるものである。これは1400以上の保険者により提供されている医療保険で、保険者が財政難に陥った場合には公費による助成の対象となる。2つ目は公務員向けの共済組合による保険で、公費による補助の対象外である。3つ目は全国健康保険協会により運営される中小企業の被用者向けの保険である。加入者からの保険料のほか、健康保険組合の保険料および公費から構成される支援金が全国保険協会の主な財源である4
 国民健康保険は自営業、無職者および75歳未満の退職者を対象とした医療保険制度である。現在、国民健康保険の運営は市区町村単位で行われているが、2018年を目処に都道府県の管轄へと移行する予定である。加入者は保険料を納付するが、実際の給付金支出の5割程度は公費により賄われている。75歳以下の退職者の著しい増加、職域保険の対象外となるパートタイム労働者の増加、および第一次産業従事者の減少を背景に、保険料の滞納者数等を鑑みると国民健康保険は最も財源が不安定な制度であるといえる。

後期高齢者医療制度は2008年に導入された制度で75歳以上の全員を加入対象とし、扶養者と被扶養者の区別がなく加入者全員を被保険者とするものである。都道府県および市町村単位にて運営されている。この制度は、高齢化に伴う支出と医療費に関する説明責任と透明性の向上に向けて国民健康保険から後期高齢者のための制度を実質的に独立させたものである。都道府県単位で過去2年の医療費支出額から算出された保険料が、加入者個人の年金から差し引かれることによって保険料を納付する仕組みである。高齢者からの保険料の納付額は支出の10%程度にしか満たないため、後期高齢者医療制度は公費の助成と上記2つの医療制度との財政調整により支えられている。


[i] 憲法25条により「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」とされている。




コラム: フリーアクセスと自由開業・自由標榜

患者は自分がかかる医療機関を自由に選ぶことができる。たとえば、東京の会社に勤務している会社員の男性が、仕事の合間に会社の近くの大学病院で専門医の外来を訪れ、同じ週の週末に自宅のある神奈川県のクリニックで診察を受けるといったことも可能である。大病院の外来を受診する時には原則として開業医などの紹介状が必要だが、数千円を追加で自己負担を行えば殆どの場合、大病院の専門医であっても自由に受診できる。
また、医師には、自由開業が認められている。さらに医師は医師免許を取得していれば、専門医の資格に関係なく、あらゆる診療科を名乗る「自由標榜」も可能である。たとえば、外科医が「内科・整形外科」といった診療科を標榜することも可能で、実際に複数の診療科を記載しているクリニックの看板を見かけることも珍しくない。

参考文献

1 Ikegami N. Universal Health Coverage for Inclusive and Sustainable Development. Washington, D.C.: World Bank Group, 2014

2 Tatara K, Okamoto E, Allin S. Health Systems in Transition. Copenhagen: World Health Organization, European Observatory on Health Systems and Policies, 2009.

3 Thomson, S., Osborn, R., Squires, D., & Jun, M. (2013). International Profiles of Health Care Systems, 2013.Commonwealth Fund Pub. No. 1717, p.75–83

4 Ministry of Health, Labour and Welfare. Health and Medical Services. http://www.mhlw.go.jp/english/policy/health-medical/health-insurance/index.html (accessed on 15 April 2015)